優しい記憶は朱をまとう

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優しい記憶は朱をまとう

私たちは夢を見たのかもしれない。その日の大山参道は幻想的な朱色の紅葉に彩られ、この世ならざるものとの遭遇にふさわしい午後だった。 大山参道とは元陸軍大将だった大山巌元帥が眠る墓所に続く参道であり、地元では有名な紅葉スポットだが、観光客が押し寄せるほどではない。その日は平日の午後だったこともあり、参道を歩く人の姿はなかった。 その日、通り沿いのクリーニング店で立ち話をする母親たちに「参道で遊んでくる」と言い置いて、私たちは真っ赤に染まる参道に踏み入った。 「茜ちゃん、この道すごくキレイだよ!」 健人は私の手を引いて、目をキラキラさせながら紅葉の赤い絨毯を走っていく。上も下も紅葉一色。 参道の中程あたりで立ち止まった私たちは、鮮やかな色彩に染まる光景に言葉も出ず、別世界に紛れ込んだように束の間放心状態で周囲を見回した。 その時、参道の先で何かがゆらりと動いたような気がして、 「健人くん、あそこに何かいる?」 つないだ手にギュッと力を込め、もう片方の手でまっすぐ前をさした。 「ほんとだ!でも、なんかユラユラしてない?」 良く目をこらすと、紅葉の先の鳥居前に男性が一人たたずんでいるように見える。老人と言うには若いくらいの男性は、影が薄く、現実味がない。 「健人くん、もっと近くに行ってみようよ。」 大人になってから思い返すと、私は怖いもの知らずだったと思う。健人の方が慎重だった。 「茜ちゃん、怖いよ。やめとこうよ。」 「大丈夫だよ。1人じゃないし!」 恐る恐る歩いていき、男性のいる場所の少し手前で立ち止まり、小さく声をかけた。 「こんにちは。」 男性は、話しかけられたことにかなりビックリしたようだ。 「こんにちは。」 怪訝そうにではあるが、返してくれた。続けて、 「君たちには私が見えるのか?」 訳が分からずうなずくが、男性は不思議そうに私たちを見ている。 これが「おじさん」と私たちの出会いだった。
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