がらんどう

1/1
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
事故はいきなりだった 彼女とドライブ中に大型トラックが正面からぶつかってきたのだ 正面衝突 俺は気づいたらベッドの上にいた 身体は包帯だらけ 俺が身体の痛みに絶望していると病室に母が入ってきた 俺が目を覚ました事に気づき、泣いて喜ぶ それを見て、いい人だとつくづく思う 俺は一週間ずっと眠っていたらしい あっ、そうだ 「お母さん…亜美は?」 それを聞いて母は顔を曇らせたので 嫌な予感はしたが、本当に最悪だった 亜美はトラックに突っ込まれて即死したそうだ 車内は血まみれ 彼女は原型も残っておらず、押し潰されて、肉塊になっていたという トラックに乗っていた人も死んだらしい 結局俺だけが生き残ったのだ 彼女がもうこの世にいない その現実を知ると、寂しくて、悲しくて、 どこかぽっかりと穴が空いてしまったような そんな気持ちになった 何もやる気も起こらないし 眠れない日々も続いた 俺も死んだ方が良かったのかな いやいや、違うな 俺・が・死んだ方が良かったの間違いか 俺は2ヶ月間ここに入院することになった 入院中、友達がお見舞いに来てくれて、漫画を20冊くらい貸してくれた アホで笑える漫画 こいつらしいなぁ…と思った 「ショックだろうけどよ…面白い事これからいっぱいあんだから!頑張れよ!」 と背中をバシバシ叩いて励ましてくれる 嬉しいけど、いてーよ…加減してくれ でも ほんと、いい友達だよ 2ヶ月後、俺は退院して家に戻った 腕に包帯を巻こうとしている所を見て母が口を開く 「完治したんじゃないの?」 「いや、それがさぁ、腕がまだなんだよね」 母に見えるよう腕を上げる それを見たとたん、母はぎょっとしていた 「な、なに?そんな怖い顔されるとさすがにびびるんだけど…」 「いや、あんたそれ洒落になんないって…」 母があまりにもびびっているので どういう事か話を聞いた 母の話はこうだ 事故の際、助手席に乗っていた彼女 押し潰され肉塊になったと聞いていたが 実はある一部分は残っていたというのだ 「は?そうなん?聞いた話と違うけど…なんで教えてくれなかったの?」 「あんたが怖がると思ってね」 怖がる…? 俺が怖がる? まぁ、怖がりだけどさ 「やっぱ聞かない方がいいんじゃない?…」 「いいから、ちゃんと話してくれって。何が残ってたんだ?」 「……」 母はだんまり 「なぁ、教えてよ」 しつこく俺が聞くので 母は顔をしかめて口を開いた 「腕」 「……腕?」 「ああ、腕だよ」 残っていた一部はトラックに突っ込まれ、引きちぎられた腕だった その腕は俺の左腕を掴んでいたというのだ ものすごい力で 「マジかよ…」 俺は自分の左腕を見た 四つの紫色に浮き出たアザ 前まではまったく気にしていなかったが 今となっては、くっきりと人に握られた指の痕だと認識できる 2ヶ月たった今でも消えず残っているのだ 折れた彼女の腕が、ここに… 俺は血の気が引いて 背筋が寒くなるのを感じた 「あっはは…母ちゃん、よせよ!そういう事言うの…」 「アホ、だから言ったじゃない…聞くなって」 マジで聞いて後悔したよ… この後、熱いシャワーで暖まって、録画してとってあるお笑い番組を何十回も見た これで少しの間、恐怖を紛らわす事ができたが もう無駄だった… 俺はその日から夢をみるようになったんだ 事故の夢 トラックに突っ込まれる所から始まって 俺は気がつくと血まみれの運転座席に座っていた 俺の視線は正面に向けられたまま 左には絶対に向けられない びびりの俺は左を見る勇気なんてものは無かった 俺は恐怖でその場から動く事ができなかったが 確かに感じる違和感があった これは… 左腕を触られる感触 いつもこうだ 手を引っ込めようとした瞬間に俺の左腕が掴まれるのだ 「うわああぁ!」 そこで俺は夢から覚める 身体は冷たい汗でびっしょりと濡れていた 「はぁ…またか」 嫌だ もう嫌だ もう何十回も見ている 俺の中でお笑い番組の再生した回数より多いかもしれない… もうやめてくれ… もうあの夢は見たくない だが、俺はどうしていいかわからなかったので 友達に相談してみる事にした 「お前、相当恨まれてんじゃねーの」 「やっぱそうだよなぁ…」 俺は深いため息をつく 「彼女。お前をあの世に呼びたがってんだよ、きっと」 彼女が俺を呼んでるのか 「お前も来いってな」 「来いって言われても、なぁ…」 それだとなんか引っかかる …違うんだよなぁ 何か回りくどい 来てほしいなら来てほしいで、彼女なら直接俺の所にきて 「お前も死ねよ」 とくらい言いそうだ 公園のベンチにだらっと座り、そのまま背もたれにもたれかかって上を見た 青… 青い空 いいな 赤の反対色 最近は気味の悪い赤色ばかり見ていたから 空の青さに心が安らいだ 「お前お祓い行ってこいよ」 「お祓いかぁ」 まぁ、そうなるわな 友達に勧められ、俺は神社でお祓いをしてもらった お祓いが終わり、神社の近くで待っていた友達と合流 「どうだった?」 「どうって…えーと… あの白いファサファサの付いた棒を近くでブンブンされた…くらいかなぁ」 「ちげーよ!軽くなったとか。気分が楽になったとか。なんかねーの?」 「わかんね」 と答えたら「鈍感なヤツだ」と笑われた 「でもこれで夢からは解放されんじゃねーの?」 「そうだといいなぁ」 友達に話を聞いてもらい お祓いもしてもらって、少しスッキリとした気分になれた その日の夜 目を覚ますとあの車内にいた ピチャピチャと血の滴る音が耳に響く 「なぁ…何で俺だけ生き残っちまったんだろーな」 俺は左に視線を向けた 衝突してきたトラックが助手席にめり込んでいる きっとトラックの前には押し潰された亜美がいるのだろう 血が至るとこに飛び散っている 俺の左腕には、ちぎれた彼女の腕が付いていた 彼女の指がくい込む程の力で俺の腕を握っている 「俺一人生き残って恨めしいよな…」 腕に話しかける俺って やっぱ相当きてんのかな… 「ごめんな…」 彼女の手に触れた瞬間、朝日が目に入ってきた 「またか…」 夢が終わる事はなく、次からもずっと続いた もう見たくないので俺は寝ない事にした 一週間後 フラフラとどこへ行くもなく道を歩いていると友達が駆け寄ってきた 「おい、大丈夫か?お前フラフラだし、顔もヤベェぞ」 「うるせぇ、顔は生まれつきだ」 「いや、生まれついてその顔はヤダわ…」 おい、言い過ぎだぞ… 「寝てねーの?目のくますごいけど」 「うん」 俺は事情を話した 「お祓いを受けたけど、まだ夢を見るか」 「ああ」 友達は顎に手を当てて考え込んでいた 「あそこの神社は霊験あらたかだしなぁ…幽霊の仕業じゃないとなると」 友達は俺に視線を向ける 「お前さ…ホントはさ」 「うん」 「覚えてんじゃないの?」 「何を?」 「事故にあった直後の事」 「いや、起きたら病院だった」 「そっか…でもさ、夢ってさ。今までに見た物、記憶の断片ってヤツを使って見るもんだろ?特にこわーい映画なんて見た時はよく夢に出るし」 なるほど 「お前は病室で目が覚めたと言ったけど、本当は事故にあった時に少しばかりか意識があったのかもしれない」 「その記憶が今、夢になって現れていると?」 友達はコクりと頷いた 「悪い記憶。嫌な記憶だからお前は忘れようとした。だが、その時に見たものが、脳みその片隅に残ってしまった。かなり衝撃的で、印象強いものだったから」 「そっか…なるほどな。そういうことか」 「まぁ、その可能性もあるって話だ。さっ、行こうぜ」 友達は俺の手を引いて歩き始めた 「は?どこ行くんだよ」 「カラオケ行こうぜー!」 「カラオケか…いいな」 「だろ?悲しい事があったんだ。だったら楽しい事して忘れちまえよ~You~♪」 マジでこいつの友達やってて良かった… フリータイムで二人して声を枯らすまで歌いまくった 午後4時過ぎ 太陽が傾き、夕陽の光が帰り道を照らす 秋のこの時間帯は少し肌寒い 友達と別れて一人帰り道を歩く しばらく寝てないのもあるが、何時間も歌いまくったせいで少し疲れてしまった 近所の公園に入りベンチで少しばかり休憩する事にした 子供達がジャングルジムや滑り台で遊んで、はしゃぐ声が耳に入ってくる 「はは…元気だなぁ」 ベンチの背もたれにもたれて 空を見た そういや、亜美は夕陽に染まる景色が好きだったか 目の前に広がる空は夕陽に染まったこがね色で一面を彩っていた あいつが見たらなんて言うかな そう思っていたら、ある違和感に気づく さっきまでの子供たちの声がない 周りを見渡すが、人っ子一人いない 「ん~♪神々しい!」 いきなり女性の声が耳に入ってきた 声のした方向に顔を向けると 空を見上げている彼女がいた 一瞬目を疑ったが 紛れもない彼女だ 青のストライプの入った白いワンピースの彼女 「亜美」 「ん?」 「その服どこで買ったの?」 「っ!どこでもいいだろ?ユ◯クロかし◯むらだよ!そんなこたぁどーでもいいんだよ!」 「そっか…はは、似合ってると思ってな」 「そ、そう?…ったく」 照れる彼女は非常に可愛かった 「なぁ、勇馬。川沿いの方に行こうよ。あっちも綺麗なんだ」 「ああ、いいよ」 俺は彼女に言われるがまま付いていった 彼女が、夢か幽霊か妄想かなんてわからなかったが そんな事はどうでもよかった 彼女にまた会えた それだけで嬉しかった 「なぁ、亜美?」 「ん?なに?」 「さっきから誰もいないようだけど」 「そりゃそうさ、ここは私が作り出した世界なんだから。誰もいなくて当然。がらんどうだよ~」 「がらんどうね」 「そうそう。がらんどう~♪エッチぃこと考えんなよ~」 彼女はにこりと八重歯を見せる 馬鹿なの…? この世界は彼女の作ったもの 「キンモクセイがたくさんあるのもそういう事か」 「ふふ、良い香りだよね~♪キンモクセイ」 ホント、昔から好きだったよな そのまま彼女の後ろを付いていき 川の見える橋の上にきた 「どうかね?この景色!うは~♪絶景なり!」 隣ではしゃぐ彼女 「なぁ、亜美。寂しくないか?」 「ん?んー…少しね」 彼女は笑顔を向けてきた 「でも…大丈夫だよ。きっとまた会えるから」 また会える…か その彼女の言葉に 切なさが押し寄せる 「ごめんな…助けてやれなくて」 「そんな事気にしなくていいんだよ。自分の身は自分で守らないとね~♪」 彼女らしい 「それに救急車も呼んでくれたし…腕だけになった私の手を握ってくれたじゃん…あれ?記憶ないかな」 「わりぃ…覚えてないんだ」 「あはは、無理ないか」 彼女は橋の手すりに手をついて遠くを見つめた 「最後の別れ方があまりにもグロいからってんで、神様がサービスしてくれたんだ。でもそろそろ時間切れかなー」 「そっか」 俺は彼女を抱きしめた 「ありがとう…会いにきてくれて」 「いえいえ…ちゃんと長生きするんだぜ?親よりも早く死んだらマジで親不孝もんだからな!」 「どの口が言ってんだよ」 あははと彼女は笑って誤魔化した 「ていうか、ハグだけでいいのかい?押し倒しちゃってもいいんだぜ?」 「アホか…」 俺は強く彼女を抱きしめた 抱きしめている彼女の優しい温もりで意識が遠くなっていく 俺のまぶたがゆっくりと降りていった 気がつくとまだ夕方で、公園のベンチに座っていた 俺の左腕のアザは消えていて、その日から悪い夢を見る事はなくなった
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!