<第三話・板>

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 *** 「ちょっと待って、笹下村?ってどっかで聞いたことあるような……」  追加の缶ビールをあおりながら、つらつらとスレッドを読みすすめていた美園は、ふと目に入った文字に我に返った。  去年はレポート、その前の年は受験で忙しかったため親の実家に帰らなかったのだが――そういえば確か、祖父母の村の名前がそんなかんじではなかっただろうか。美園は引き出しを開け、数年前まで来ていた祖父母からの年賀状を引っ張り出す。住所を確認して、間違いないと気づいた。  T県の、笹下村。  確かに、そのような住所が記載されている。 ――でもって、いなくなった記者さんって……十四年前って。もしかして、あれじゃない?私がちっちゃい頃に聞いた、神隠し事件のアレ……。  いなくなったのは、オカルト雑誌の記者をしていた女性であったはず。ここに記載されている情報と、もろに一致する。勿論幼い頃の記憶であるのでうろ覚えの域を出ないし、実際になんていう名前の女性がいなくなったのか、なんてことは定かでないのだが。 ――しかし、みかげさま、ねえ。……他の連中も言ってるけど、随分ありきたりな名前というか。それこそなんにも考えないで適当につけただけの名前っぽい。その生贄がどうたら?ていうのも信憑性薄いしなあ。  ただ、実際に人がいなくなった、というのは確かなことであるようだ。あの時の記憶が正しいのなら、女性は夜突然森の方にふらふら入っていって、そのままいなくなってしまったとかなんとか――そういう話ではなかっただろうか。その証言が正しいのなら、まさに神様に魅了されて誘われてしまったとも受け取れる。同時に、村人達が総出で嘘をついていたとしたら、女性は村人達に惨殺されて生贄に捧げられてしまった、なんてことも有りうるのだろう。みんながみんなグルで殺人を隠していたら、それこそ警察が調べようが簡単に証拠などは出てこないに違いない。  美園は考える。――あの場所ならば、車を走らせれば二時間ほどで到着できるはず。幸い免許は持っているし、何度も両親と里帰りしているので場所はわかっている。取材を申し込む手間も省けるというものだ。面倒な費用もかからないし、調べてみるなら丁度いいのではなかろうか。 ――そうだ、琴子(ことこ)も誘おう。あのいけ好かない部長にブチ切れてたのは琴子も一緒だったはずだし。  同じく怪奇現象研究クラブに入った同じ学部の友人、木田琴子(きだことこ)にLANEで連絡を入れることにする。どうせお互い彼氏がいない身、ついでに今週末は暇だとぼやいていたのを思い出したのだ。自動車で二時間ならば、日帰りも十分可能である。行き先は祖父母の家であるし、そこまで気兼ねする必要もないだろう。  どうせなら、と掲示板を見る。最近は少々オカルト掲示板というものも廃れ気味だとここの住人はボヤいているが――それでもこうして出入りしているからには、面白い話や新鮮なネタを求める気持ちがあるからに決まっているのである。数年前に大流行した、不思議な洞窟を見つけた実況スレ。奇妙な駅に辿り着いてしまったという女性の、助けを求める書き込み。リアルタイムで楽しんでいたが、あれほどドキドキする瞬間はなかった。結局どちらも中途半端に書き込みが途切れて終わってしまい、真相を知るにはいたらなかったが――同じような“リアルタイムの緊張感”を求める若者は、今でも少なからず存在しているのではなかろうか。  どうせ、ネットの世界だ。本名を名乗るわけでもない。  都合が悪くなれば嘘をついても誤魔化しても問題ないのだ。女子大生ということだけ伝えておけば、勝手に妄想して勝手にエサに食いついてくれる者もいることだろう。 ――よーし。  美園は酔いが回って景気が良くなった頭で、テンションが上がるまま掲示板に書き込むことを選んだ。
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