<第二十八話・琴>

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『ていうか、空気読みなよ。みんなの注文聞くとか“当たり前”のことがなんでできないわけ?』 『一人でがつがつ食べ続けてみっともな。女の子なんだからもうちょいしおらしくして見せれば?“当たり前”でしょ?』 『ていうかなんのために一緒に食事してんだよ、食べるばっかりで会話にならねーじゃん。そんな奴と一緒に食事する意味ある?つまんないだけ、“当たり前”だろ』 『フツー、もう少し気を遣うよね?あんたがいっぱい食べるせいで、割り勘の時のお金ハネ上がるんですけど。なんでそんな“当たり前”のことができないのよ、もうちょい自重しなよ』 『ちょっと美人だけどめっちゃ残念だよねー。え、なんでそう思われるのかわかんないの?“当たり前”でしょ。あ、わかった、いっぱい食べてもあたし太りませーんってアピてんでしょ?マジムカつく。でもって料理得意とか言っちゃうんだ?女子力高めって自慢してるわけ?あたしらに当て付けってか、マジ性格ワルー』  当たり前。普通。そういうことが全然出来ない女。  琴子だって、自分が人一倍食べるし、そのせいで迷惑をかけることがあるのもわかっていたが。だからといって、どうして人生の唯一にして絶対の楽しみをやめることができるというのだろう。人並み程度食べただけではお腹がすいて動けなくなる。少し頑張ってもまるで長続きしない。そして、食べること(それに限らず、何かに集中するとありがちだが)に一直線になっていると、他の皆の様子に気付くのが遅れてしまう。気づけばみんなの冷たい視線が、琴子一人に注がれていて、いたたまれなくなったなんてことも少なくはなかった。  何故、食事会なのに、御飯を食べるだけではダメなのだろう。御飯を食べながら話をするのはあまりにも難しい。そして話をしていたらせっかくの御飯が冷めてしまう。  一応、よその家にお邪魔をした時などは多少配慮できるが、それも相当気を使っているから出来ることで、エンジンがかかってしまうとなかなか難しかった。そして、せめて得意な物、つまり料理でみんなをもてなす側に回ろうとすれば、女子力をアピールしているだけだなんて一部の女子からやっかみを買うことになる。男子にだって時には、こんなにまともに料理を作って待っている女子はきっと重いに違いない、なんて言われることさえあるほどだ。  解決策は一つ。家族以外の誰かと一緒に食事をしないこと、それだけだった。あるいは、何かに呼ばれても、みんなと話をしなくてもいい、注文を取る必要もない奥まった席で一人黙々と食べているだけに留めること。そして、自分だけ多く食べてしまった時は、みんなよりきちんと多くお金を払えるように最初に自分から言い出すことだけだった。
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