<第二十九話・生>

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――ありがとう……御影、ちゃん。  彼女がどのような意図を持っていたか、それをはっきりと知ることはできない。でもきっと、彼女は感謝を示してくれたのだろう、と思う。琴子は自分が頑張るから美園の生贄の任を解いてくれるようみかげさまと交渉するつもりであったようだが、恐らくその必要はもうないのだろう。  問題は、此処から自分達が無事脱出できるかどうか。洞窟を出ることができたとしても、この洞窟の出口が村のどのあたりに通じているかがわからないのである。出られたところで神官達に見つかってしまえば元の木阿弥だ。連中は恐らく“みかげさま”の姿など実際に見える存在ではない。きっと連れ戻されて殺されるのが目に見えている。彼らにとっては自分達は生贄であると同時に、けして生かして外の世界に出してはならない、恐ろしい犯罪の生き証人であるのだから。 ――まだ綱渡りは、終わってない……!でも、ここまでお膳立てしてもらって、それで全部ダメでしたなんてことになったら、琴子にも助けてくれた子達にも申し訳無さ過ぎる……! 「あんたが意識切らさないように、ずーっと話しかけ続けてやるんだからね!ここで根性見せなかったらいつ見せるってんだか、女も度胸だっつの!!わかったら返事する、琴子!」 「ふふ……はぁい……」  彼女から、琴子が知った情報は切れ切れながら一通り聞いている。同時に、美園からも自分が祖母から教えられたことなどを共有した。結果何より湧き上がったのは、ここの村の人達への怒り以外の何物でもなかったけれど。  祖母は命懸けで助けてくれようとしたし、きっと祖父も叔父も美園達が生贄になることなど望んではいなかったことだろう。出来ることなら助けてやりたい、そう思って美園がキーワードを言わないように注意を払ってくれていたのはわかっている。そして彼らもこの村に組み込まれた歯車であり、特に勝木家の者であることが災いしてそうそう逆らうことなど出来なかっただろうということも。  だけど。  それでも――こんなことをして、こんなことを続けて。そこに生まれる罪悪感から目を背けて、忘れてしまうようになったとすれば。それはもう、人ではない、“何か”だ。この村には鬼が潜んでいた。鬼が、人の顔をして当たり前のように棲んでいた、そういうことになってしまうだろう。  どれほど仕方のない事情があったとしても、それが規則であったとしても、集団の意識や因習というものがそのような悲劇を齎すこともあるのだとしても。  だから許されるなんてことはないのだ。少なくとも、殺される者にとっては何の言い訳にもならないのは事実なのだから。
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