<第二十九話・生>

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「そんなに大事?過去の罪を隠し続けるのがそんなに大事かよ、んなの私らには関係ねーっつの!確かに、地獄ってものが本当にあるのかは私にはわかんないけど!でもそれはあんたらも一緒じゃん!たまたま御影様を捧げたら天災が終わっただけかもしれないのに、それをきちんと確かめようともせず、漫然と儀式を続けてそれで世界が守れた気になってる!世界のためになってる筈って言えば、何人拷問して殺しても問題ないとか本気で思ってたわけ?ふざけんのも大概にしろよクズ野郎どもが!そんなに必要だって信じるなら、あんたらが自分で生贄になればいいじゃん!いつまでも……初代の御影様にしたみたいに、人に嫌な役目押し付けて満足してんじゃねーよ!!」  一気に吠えた。全身から怒りを噴出させた。吐き出した後で少し冷静になり、壁によりかかせるように琴子を座らせることにする。よくよく考えれば自分が叫ぶと彼女の体に触るかもしれない。それはさすがに本意ではない。 「仮に……もし仮に本当にオカルトなもんがあるとして!ここにあの世との境目ってのがあるんだとして!他の方法ってやつをもっと真剣に探しなよ!子孫代々まで人殺しを脈々と続けさせてんじゃねーよ!今はもう江戸時代じゃない、令和の時代!昔よりずっといろんな研究も進んでるし、きっとわかってることだってたくさんあるはずでしょ?ちゃんと調べて確かめれば、出来ることなんかいくらでもあるかもしれないじゃん、なんでそれをやんないわけ?昔のやり方に固執してんのは、新しい方法を試す勇気も、真実を捜す度胸もないから、そうでしょ?自分達が間違ってたかもしれないなんて、思いたくもないもんね!?」  わかっている。それが人間だ。臆病で、自分の過ちを認める勇気もなくて、劣等感いっぱいで、何かに失敗するとすぐ誰かのせいにしたがってしまう。そして、自分が理解されないとすぐにひねくれて、誰かへの理解を投げ捨て、弱い者同士で身を寄せ合ったりもするのだ。  それが当たり前。そんなことは知っている、でも。  当たり前なんて言葉で――人を傷つけることが正当化できるとしたら。全ての人間の個性や尊厳を握りつぶして自分達の常識だけを押し通せるとしたら。そんなもの、それこそ“間違い”以外の何物でもないではないか。 「本当に、誰かを“当たり前”のように犠牲にしないと保てないような世界なら……そんなのさっさと滅んじゃえばいいのよ、馬鹿野郎!」  美園の言葉を、神官達は一体どのような気持ちで聴いていたのか。しばしの沈黙の後――リーダーらしき男が、ゆっくりと口を開いた。 「世界が滅ぶことを望むなら……つまり、お前が“悪”だということ。それだけのことだな」  こいつらには、何を言っても無駄。それを美園が悟った瞬間だった。 「ならばやはり……お前に相応しいのは、“死”だ、そうだろう?」 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」  その言葉が言い終わる前に、美園は地面を蹴って駆け出していた。拳を振り上げ、男に殴りかかる。  後先など、何も考えてはいなかった。  ただ我武者羅に、琴子を守って生き抜くことだけを考えていたのだ。
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