<第三十話・父>

2/4
90人が本棚に入れています
本棚に追加
/133ページ
「母さんが亡くなった」 「そうだな」 「消防で火を消した後、母さんの遺体を回収することもしないで“結界”を張ってお清めしている。それだけ見れば、もう何が起きたかなんて俺でもわかる。いつもと同じだ。その後美園ちゃんが連れていかれたと知ったら尚更だ。母さんは命懸けで美園ちゃんを逃がそうとして祟りに遭った、そうでしょう!?」 「わかってるなら何も言うな、美樹」 「言うに決まってるでしょう!父さんは母さんの死を無駄にした!!なんで美園ちゃんを生け贄に差し出すのを躊躇しなかった?そんなところで祈ってもなんの意味もないって知ってるくせに!!」  血を吐くような息子の叫びに――正孝は大きく息をついて、ゆっくりと振り返った。  大人には、なった。けれど、いい年のくせにまだまだ青いといったらない。どうやら、言いたくもなかったこともはっきりと告げなければどうにもならないらしい。 「……正孝」  想像した通り、怒りに燃えて眉を吊り上げる息子の顔を見上げながら、正孝は。 「それを、お前が言えた義理か」 「!」 「琴子ちゃんを連れていく仕事はしたくせに、それが美園になったら拒むのか。よその子は良くて、自分の姪だから駄目?そんな理屈がまかりどおると本気で思っているのか。どんな子にだって親がいて、家族がいて、もしかしたら恋人だっているのかもしれないのに、だぞ」  厳しいことを言っているのはわかっている。だが、自分も家長としてここは退くわけにはいかなかった。  正孝とて、何度も葛藤し、通ってきた道なのである。本当にこんなことが必要か。こんなことをしなければならないのか。隣町から村に遊びに来て仲良くなった子、観光客の友人、遠い親戚――正孝にとって失いたくない人たちもまた、歴代の生け贄に存在している。何故彼らがいなくなったのか、みかげさまとはなんなのか。教えてもらえたのは、正孝が成人し、勝木の跡取りとして正式に“儀礼”を受けた時になってからのことだった。  この村は正しく歪んでいる。許されないことをしている。しかし、とっくの昔に後戻りする術は失われていると、そう悟るしかなかったのである。 「真知子は、馬鹿な真似をした。……琴子ちゃんを見捨てたのはあいつも同じだ、美園だけ助けて逃がそうとしたのはそういうことだ、違うか?……そうやって生け贄や生け贄候補を逃がそうとして怒りを買った者は、過去にいくらでもいたというのにな」
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!