<第十六話・叫>

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「!!!」  混乱する頭が、どうにか直前の記憶を引っ張り出していた。そうだ、恐ろしい――そんな一言では尽くせない、恐ろしいものを見たのである。  スマートフォンでツニッターをやっていたら、よくわからない荒らしのような書き込みが来て。そして、新倉部長っぽい人が危険を知らせてくれた、それで。その後――ああ、その後。 ――あれは、悪霊ってやつ、なの……?  ガリガリにやせ細り、泥と血と排泄物で汚れ切った女の人が、ずりずりとこちらに近づいて来て。とても生きているとは思えない肌の色で、ものすごい腐ったような臭いがしていて。  ああ、あんなに恐ろしかったのに、断片的にしか思い出せない。遠くにいたと思ったら、いつの間にか目の前にいた。その顔を、確かに見た。眼が合って、それからどうなったのだろうか。何一つ記憶にない。まるでパソコンを強制的にシャットダウンしたように真っ暗になって、悪夢を見て――気づいたら、この場所である。 ――……やっと、わかった。あたし……“あたし達”、すっごく馬鹿なこと、しちゃったんだ。  悪夢に出てきた少女の思想。そして、自分が調べたわずかばかりの情報。琴子はけして、自分が頭の良い人間だとは思っていなかったが、それでもおおよそ想像することくらいはできるのである。自分達が一体何に呼ばれて、来てはいけない場所に来て、呪いのスイッチを押してしまったということが。  いや、分かっている。もし悪夢の中の情報が正しいのなら、自分達が来なくても誰かが此処に来る羽目になっていた筈だ。、そういうルールであったはず。それが自分達になったのは“みかげさま”に見初められたせいなのか、偶然であったのかは定かではないけれど。ああ、もうわかっているのだ、それでもだ。  何で自分が。そう思ってしまうのを、どうして止めることができるだろうか。  しゃん。 「!!」  錫の音が、響いた。規則的に響き、地面を打ち据える音が近づいて来る。  琴子は悟った。――先ほど見たのは、本当の意味で悪夢。しかし、ただの夢ではなかった。ここから先は、悪夢のような――紛れもない、現実である。  自分はこれから、あの御影という名の少女と同じように生贄に捧げられるのだ。それも、ひと思いに殺してなど貰えない。じわじわと甚振られるように、苦しめられて傷つけられて殺されるのである。 ――あの、御影様、って女の子は。生まれついて高い霊能力を持っていた。だから、お姫様のように大事に育てられてきた。いつの日か……“地獄の蓋”が開く時、人柱としてそれを塞き止める役目を担うために。  じわ、と目の前が滲んでいく。恐怖と絶望――そして、憐憫。  あの少女は、まだ六歳かそこらであったはずだ。今の自分と同じように磔にされて、生きたまま燃やされて殺された。両足に布を巻きつけられてじわじわつま先から焼かれて死んだのである。その苦痛たるや、いかほどのものであったか。短時間体験した琴子でさえ、震えがくるほどの激痛である。それをあんな幼い少女が耐えたのである。――それが己が産まれてきた意味だと、心の底から信じていたがゆえに。  どれほど恐ろしかったか。  どれほど痛かったか。  それでも耐えた――耐えるしか、選択肢がなかったのだ。そこで泣き叫んで拒否などすれば、己の存在理由を否定することにしかならないと知ってしまっていたのだから。
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