<第十七話・砕>

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『生け贄にされるのも嫌だけど、そんな人殺しの手伝いをするような真似して……自分だけ助かればそれでいいなんて、そんなの絶対ごめんだわ!兄さんがいるから跡継ぎの問題はないんでしょ?ならいいじゃない!お願いだから私のことはもう構わないで……!勝木の家のことも、村のことも、お願いだから忘れさせて……!』  そうやって一度は飛び出していった美加恵。残念ながら若かった彼女も、結局お金に困って何度も村に足を運ぶ結果になったのだから、最初から避けようのない因果であったのかもしれないが。 「スピード違反しても許して頂戴ね、行くわよ美園ちゃん!シートベルトは……」  ちゃんと閉めたわね、と。真知子がそう続けようとした、その時だった。 「!?」  アクセルをかけるべく、ブレーキを踏もうとした足が――動かなかった。何か、冷たくてぬめっとしたものが真知子の足を掴んでいる。とてつもない力で――足首を握りしめているのだ。 「ひっ」  反射的に見た。見てしまった。自分の足元を――暗い足下に存在する“何か”の姿を。  暗闇に不自然なほどくっきりと浮かび上がっていたのは、人の顔。  長い髪を振り乱した彼女は、血走った眼でじっと真知子を見つめていた。明らかにおかしい。軽自動車の運転席、足下のスペースに――女性一人が入り込む隙間など、本来あるはずもないのである。  だか彼女は確かに存在し、見開いた眼を恨めしそうにこちらに向けていた。ガサガサに乾き、青紫に変色した唇が動くたび、ごぽごぽとドス黒い血と吐瀉物の混淆物が溢れてぼたぼたと真知子の足を汚していく。 「ひぃっ!」  反射的にそれを蹴飛ばそうとしたが、出来なかった。みしみしと音がするほど強く、真知子の両足は死者に絡めとられている。骨と皮だけの、ドス黒い両手のなんと力が強いことか。 「み、美園、ちゃ……!」  ああ、もうとっくに駄目だったのだ。真知子は悟る。名前を口にしていなくても、もう美園は――逃げられる存在ではなかったのである。  とっくに、彼女は選ばれていた。  名前はただの――自分達に知らせるための、目印でしかなかったのだと。 「お、お、お願い……に、にげ」  次の瞬間。重く鈍い音が立て続けに響き――真知子の両足首は、握り潰されたのである。
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