<第十九話・拒>

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「地獄の蓋の上にこの村がある……その伝承がどこまで真実かは誰にもわからない。御影様にさえ見えなかったものが、普通の神官としての力しか持たぬ我ら“祭”の一族に見えるはずもない。そして我々に見えぬなら、他の村人達にはもっとわかるはずもないだろう。事実はひとつ。御影様が異変を防ぐために生け贄を我らに送り続けていること……そして、実際儀式を続けていくことで、この地に平穏が齎され続けているということ」  少なくとも、と。神官筆頭は眼を細めて言う。 「少なくとも……初代の御影様を捧げ、以降も結界を強化するための人柱を送るようになって以来。落盤事故もなければ、水害も殆どない。理不尽に村の者が死ぬことはなくなった……それが紛れもない現実だ。悪く思うな、娘よ」  何よそれ、と琴子は憤る。  村の者は、生け贄になることはない。生け贄を押し付けられるのはいつだって村の外からやって来た、罪のない人々だ。確かに自分達も少々面白半分なところがあったし、不謹慎な真似をしていたのもふざけていたのも事実なのかもしれない。でも、それだけだ。どうしてそれが、惨たらしく殺されてもいいほどの罪だなんてことになるのだろうか。  村の平穏を守るためなら。それが世界の平穏を守るのだと言うお題目さえあるのなら。無関係な人間が何人死んでも構わないと言うのか。それこそが、理不尽な死に方でしかないとなぜわからないのか。  生け贄を送られたからって、それを捧げなければいけない理由がどこにある?――死んだ“みかげさま”が邪神になってしまった可能性さえあるのに、都合の悪い可能性は全て目を背けるというのか。 「そんなに、生け贄が必要なら……自分達でなればいいじゃんか……っ!」  こんなこと、言ってはいけないのかもしれない。  けれど恐怖と、理不尽さから来る怒りがもう振りきれていた。身勝手と言いたければ言え、何故自分なのだと、自分でなくてはならないのだと思うことの何がいけないのか。 「本当に悪いのが何なのか確かめもせずに、みかげさまとちゃんと交渉することもせずに……昔の悪い風習を意地になって繰り返してるだけじゃない!永遠に続けるつもり?みかげさま、が言うままずっとずっと生け贄を捧げ続けるの?そうやって人を殺し続けるの?あんた達それで恥ずかしいと思わないわけ!?」  己が何もかも正しいとは思わない。むしろ人として間違ったことを言っているのかもしれない。自分が助かりたいために、自分の身可愛さに滅茶苦茶言っていると言いたければ言えばいい。  それでも自分にだって叫ぶ権利はあるはずだ。拒む権利はあるはずだ。抵抗する権利だってあるはずなのだ。それをこんな形で奪われて、何故大人しく処刑を待たなければいけないのだろう。
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