<第二十話・潰>

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 悲鳴を上げながら、頭のどこか冷静な部分が告げる。こんな痛み、きっと序の口に決まっている、と。  実際その予感は正しかった。琴子の右の掌を台座に固定した連中は、そのまま次の儀式に以降したのである。  そもそも、何故台座に固定する必要があったかといえば単純明快。そうしなければこの後の本番が非常にやりにくいものになってしまうからである。この後の本番――つまり“潰”の儀式である。琴子の手を開いたままで固定することが、連中にとっては必要不可欠だったというわけだ。実際釘の中心に貫かれてしまったせいで、琴子はもう拳を握ることができなくなった。物理的に指が閉じないのもあるし、何より僅かでも動けば痛みが走るので指を動かすことができないのである。  そしてそんな琴子の泣き声など一切無視して、誰かの声が聴覚を震わせることになる。 「祭祀様。準備が整いました。これより順番に儀式を行いたいと思います」 ――嫌、嫌……!もう十分痛いのに、痛くてたまんないのに……これ以上まだ、酷いことするっていうわけ……!?  しゃん、しゃん、と錫の音が断続的に響き始める。祝詞のようなものが響き、地面を踏みしめる砂の音が複数続く。助けて、と掠れた声で呟いた。けれどもう、琴子の声を聴いてくれようとする者は何処にもいないようだった。誰からも返事はない。ただ、痛みでガンガンする右手を差し出して、恐ろしい時間を震えて待つしかないのである。  一人が近づいてくる。琴子の前に立つ。何か、呪文のような言葉を呟くのが見えた。唇が動いたのはわかったが、何を言ったのかまでは理解することができなかった。理解するよりも前に、その男が金槌を大きく振り上げたからである。 「嫌っ……!」  また釘を打たれるのかと思った。そうでなかった。金槌が力強く打ち据えたのは――琴子の小指。  ごきり、と嫌な音が体内から響いた。 「ぎぃぃっ!!」  神経が集まる指先から、脳まで一気に駆け上がる新たな痛み。全身から汗を噴出させながら、琴子は見た。今ほど己の視力がいいことを恨んだことはない。  琴子の小指はみるみるうちに紫色に変わり、晴れ上がっていく。そして、明らかにおかしな方向に曲がっているではないか。  今の一撃で、骨を砕かれた。そしてわかってしまった。  潰す、というのは――琴子の指を、金槌で殴って潰すという意味だったのだと。 「や、いや……いや!もういや、いや、やめて!やめてやめてやめて!!」  泣き叫んでも、琴子の言葉が届く筈もない。彼らに情けも容赦もなかった。恐らく一列に並んでいるのであろう。二番目の男が再び金槌を振り上げ、ごぎゅり、と琴子の指に振り下ろす。それも、既に変形している琴子の小指を狙ってだ。  爪が割れて、血が噴出した。小指の第一関節も第二関節もぐにゃりと曲がって戻らなくなった。琴子の意思では既に動かせなくなっていた小指に、さらに三人目の一撃が来る。  力任せの一撃は、琴子の皮膚を打ち破り、肉を潰した。骨らしきものが飛び出した。痛みの上にさらなる激痛を上書きされ、琴子はひたすら泣き叫ぶ他ない。
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