<第二十話・潰>

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「いいいいいいいいい!痛いいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」  気付くと、下半身からぶしゅ、と何かが噴き出す感覚がある。血の臭いに混じるきついアンモニア臭。漏らしたのだ、と分かったが羞恥を感じる余裕などなかった。何故なら悲鳴を上げ、のたうち回る暇さえも殆ど与えられないのである。彼らは代わる代わる琴子の傍に立ち、金槌を振り下ろし続けるのだから。  琴子の小指は完全に変形し、それどころか骨が飛び出して肉が潰れ、血まみれの皮だけとなって垂れ下がっている。もはやほとんどちぎれているも同然の状態だ。そしてその小指を庇おうと手を動かしたせいで、薬指と中指も何度か打撃を受けていた。まだ折れていないかもしれないが、ずきずきと痛みが頭蓋を苛んで離れない。 「小指はもうそろそろよろしいでしょう。では次、薬指を中心に“潰す”ということで」  誰かの無情な声が響く。琴子はだらだらと眼から涙を、口からは泡を吹きながら虚ろに天井を見上げる他ない。もうこんなに痛いのに。死にたくなるほど痛くてたまらないのに。まさか全ての指を潰すまで終わらないというのか。いや――果たして右手だけで終わるというのか。 ――やめて。あたしの手、動かなくなっちゃう……スマホも握れなくなっちゃう、何にもできなくなっちゃう……お願いやめて、やめてよお……。  後遺症どころか。このままひたすら痛めつけられて、殺されるのは目に見えている。  ならばいっそ、自ら死ぬ勇気を持つべきなのだろうか。舌を噛めば死ねると聞いたことがある。なら自分も、そうすれば死ぬことができるだろうか。 ――それしか……もう、それしか……!  しかし、現実は無情だった。舌を噛もうと歯で挟んだ時点で、本能的な恐怖で完全に固まってしまう。噛めば死ねると言われても、一体どうやれば噛み切れるのかなんて知っている筈もない。どれくらいの力を、どのようにして込めるかなど、当たり前だが誰にも教わったことなどないのだから。  拷問されるくらいなら舌を噛んで死んだ方がいい――よく聞く話ではある。しかし、土壇場でそれが実行出来る者はさほど多くないのだと、琴子は今身をもって痛感していた。  そして迷っているうちに、次の一撃は来るのである。
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