<第二十二話・焔>

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 そんな彼女らに、“否定したいなら面白半分にしないで、きちんと科学的根拠を説明できるよう努力して証拠を集めろ”と言いたくなった自分は、きっと間違っていないだろう。言い方はきつかったかもしれないが、こちとら人生をかけてそういったものを解明していきたい立場であるし、既に大学院でそういったものを研究できるラボにお呼ばれしている。大真面目な研究テーマを、あんな風に面白半分にこねくりまわれて、愉快な気持ちになるはずがないのだ。  同時に。思い込みは中途半端な噂を間に受けてレポートにすること事態、あまり好ましいことではないと気づいていた。噂はさらなる噂を呼び、それが人の認識を偏らせ歪ませていくのである。実際、焔が見る“怪異”も多くは、人の噂を聞くたびに姿を変化させ歪ませていった。死神が棲んでいるらしいと聞いた森には、人がイメージする通りの“大鎌を持った死神”がぼやけた姿で鎮座したし、トイレに女の子の幽霊が出るという噂の場所では女の子が“おかっぱに赤いスカートの花子さん”の姿で登場した。あれが人の意識を媒介にして転じていくものだと、焔がそう認識するのは当然の流れであっただろう。  この世界で尤も恐ろしいのは、目に見えない力などではない。  人の心ほど、言葉ほど、恐ろしいものはないのである。――存在しないはずの怪異を、本物にしてしまうのも。きっと人の心に他ならないのだから。 ――こいつの正体が、何なのかはわからない。 ●こっちゃんでっす@kocchan1515 ちょっと今大学で調べ物をしているので、知ってる人がいたら教えて欲しいです。 T県で、“みかげさま”っていう神様について調べてます、サークルのレポートです。 何でも、大昔捧げられた生贄の名前がそれであるそうな。大きな災害があったっていうけど、どんな災害かもわからなくて困ってます。  琴子の書き込みは、目立っていた。明らかにツニッターのその文字には、真っ黒な手がうぞうぞと絡みつき、さらにレスが増えるとそのレスをした者達の文字へもぞわぞわと手をのばしつつあったのだから。  特に“みかげさま”の文字は大きく歪んでいた。この名前がなんらかの禁句であると悟るには十分な現象。一刻も早くこのレスを消させなければいけない、だから焔は自分に被害が及ぶことも覚悟の上で、レスを消すように琴子に言ったのだが。  自分が気づいた時にはもう、全てが遅かったようだ。  その後に、まるで焔の邪魔を察したように――次々と“文字”が現れ、琴子のレスに噛み付き始めたのだから。  そして彼女の反応が途絶え――焔は察したのである。もう、木田琴子の方は助からない、ということを。 ●篠崎秋乃 @1nof;sdjeshuop;4gwk]@,rstoi  返信先: @kocchan1515 おいでことこちゃん おねえちゃんがむかえにいくよ  篠崎秋乃。あの名前は“死んでいた”。死者の名前はわかる。昔からその名前の文字だけがいつも青く沈み込むように“死ぬ”のだから。  恐らく“みかげさま”というのが怪異の正体。篠崎秋乃、というのはその下僕のようなもの。だが、今の自分にわかることはそれだけである。あとはその名前を晒しているであろう場所をどうにかして捜すだけ。その場所に近づけば近づくほどおのずと情報が入ってくることは、今までの経験からわかっていることである。 ――あの大型掲示板が元凶なら……場所はきっとそう、遠くはない。行けるか?俺の感覚だけを頼りにして、その場所まで。  焔はけして、善人というわけではない。しかし助かるかもしれない人間を放置して知らぬ存ぜるを通せるほど、人でなしではないつもりだった。  焔はスマートフォンをしまうと、再びエンジンをかけて出発の準備をする。間に合うかどうかはわからないし、もしかしたらミイラ取りがミイラになるかもしれないが。それでも、何もしないよりはきっとマシなのだ。
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