<第二十三話・夏>

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「この村は、おかしい……っ」  琴子はぽろぽろと涙を零しながら言う。 「過去に、恐ろしいことは……あったのかもしれない。でも、地獄なんて、悪魔なんて誰も見たことないのに……小さな女の子に、あんな酷いことして……!あたし達に、こんな役目押し付けて……!夏音、さん。あんたはおかしいと思わないの?理不尽だと、感じないの?本当にそれで、いいの、ねえ……!?」  村人達にだってきっと事情はあったのだろう。わかっている。でも、それが一体、拷問されて殺される側になんの意味があるというのか。自分達にとっては、苦しめられて痛めつけられて殺される、それ以上の事実など無いというのに。 「お願い、あたし……あたしはもう、ダメっていうなら、もういいから」  嘘だ。琴子だって本当は助かりたい。本当はまだ生きていたい。やりたいことは山ほどある。でも。  だけどもう、頭の冷静な部分はわかっている。夏音が迎えに来たのも、こうして彼女の姿が霊感も何もない自分に“正常に”見えているのも全部、自分が既に“みかげさま”の一部になりかけているせいなのだということは。  だから、自分が生き残るのが無理と言うならばせめて。  せめて――この最期に、確かな意味を。 「美園だけでも、助けて……!地獄の蓋を閉じる、生贄とやら。あたしが、美園の分まで頑張れば、なんとかなるんじゃないの……?あたし、馬鹿だけど……面白半分でこんなとこまで来ちゃった、ほんとアホだけど……!でも、でも」  琴子は必死で訴える。目の前の、既に“みかげさま”の一部となり、神に同化している女性ならば。自分に出来ないこともできるかもしれない、そう信じて。 「でも!友達の……一人も、助けられないで、死ぬなんて絶対やなの……!あんたも、妹を助けたかったなら……誰かのために、必死になる気持ち、わかるでしょ……!?」  琴子を見下ろす、夏音の眼が。僅かに揺らいだような、そんな気がした。  彼女はもう死者かもしれない。自分ももう、そこに片足を突っ込んでいるのかもしれない。でも。  それでも、誰かを想い、幸せを願う気持ちは消えない筈だ。そのまま続くはずだと信じたいのだ。  それがきっと、人が人たりうるもので――最期まで持ちうるたった一枚のカードであるはずなのだから。
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