<第二十四話・飢>

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――恐ろしかったけど、悲しかったけど、苦しかったけど。死ぬわけにはいかなかった。だって私には、守らなきゃいけないものがあったから。  もう一度、秋乃に会う。会って、彼女が囚われているかもしれないというのなら救い出す。その考えだけが、今にも折れそうな夏音の心をギリギリのところで支え続けたのである。  夏音を苛んだのは、飢えと体調不良だけではなかった。薄暗い洞窟の中で、幻か悪霊かもわからぬものを大量に見る羽目になったのである。今から思うとあれは、夏音を迎えに来た“みかげさま”達の亡霊だったと解釈できるわけだが。 『ち、違う、やっぱり違う。これ……これってまさか、足音……!?』  最初に見たのは、自分達の一つ前の代で生贄にされた少女だった。後で名前を聞いた。望月真理亜(もちづきまりあ)という中学生の女の子である。  彼女は他の死者達と比べれば、苦痛を受けた時間は短かったのかもしれなかった。だが、それでも恐怖は相当なものであったと見て間違いない。彼女は生きたまま腹を引き裂かれ、“腸”をゆっくりと巻き上げられるという昔ながらの拷問を受けて死んだのだから。夏音の前に現れた彼女は、腹からしっぽのように長く長く腸を垂らし、それをずるずると引きずりながら歩いていたのである。あの濡れたような足音は血と、ぬめった臓物が引きずられる音であったのだ。  みかげさま、の次の生贄が来ると、初代みかげさまが“お告げ”をする以外、基本的には前の代で死んだ者が迎えに行く役目を任じられることになる。琴子、美園の“迎え”が夏音と秋乃であったのはつまりそういうことだ。そして、自分達の時、前の代の死者は三人いたのでその三人が迎えによこされる役目となった。女子が二人、男子が一人。不思議なことにみかげさまの生贄に選ばれるのは、女性の方が圧倒的に多いのだという。  無残な姿の真理亜から逃げ、自分が辿って来た道さえもわからなくなった夏音は。次に、真理亜の恋人であった男子中学生、宮藤俊輔(くどうしゅんすけ)に出会うこととなった。俊輔は全身に何本もの“釘”で打たれて死んだ人物である。指に、腕に、足に、幾つもの釘を差し込まれて血だらけになりながら追ってきた。彼らが“迎え”に行くのは、生贄の恐怖と苦痛をより煽るのが仕事であるからだ。みかげさまの寄り代として相応しい存在になるには、高い霊力を持ち得る存在にならなければいけない。拷問による苦痛、悪霊と出会うことによる恐怖が修行となり、一般の人間であってもみかげさまと成るに相応しい霊力を得るに至るのだそうだ。少なくとも初代みかげさまはそう信じて、この行いを繰り返しているのである。  生贄を捧げる儀式をするのは人間の役目。  しかし、それを選んで追い詰めるのは自分達の役目。  追い回され体力も限界となり、飢餓と下痢、高熱に倒れた夏音のところに最後に来たのは。真理亜の母親である、望月芳子(もちづきよしこ)だった。
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