<第二十四話・飢>

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 死にかけ、みかげさまの側に足を踏み入れた生贄は――既に魂の半分がみかげさまと同化している。そしてその生贄には、みかげさまに捧げられた者達の生前の姿、つまり“まとも”な姿が見えるようになるのだ。  芳子は冷たい水に“沈”められたまま放置されるという内容の拷問だった。窒息するわけではないので一見するとそこまで酷いものではないように思われるかもしれないが。当然食べ物などは与えられないし、そもそも冷たい水なのでどんどん体は冷える、ふやける。排泄も水の中でするしかないので(しかも冷たい水で体が冷えれば、当然腹も冷えて下してしまうというものだ)水そのものも汚くなり、不衛生な水にえんえん死ぬまで浸かるというのは地獄以外の何物でもなかっただろう。  全身がふやけてシワだらけになり、汚物まみれになるというあまりにも悲惨な最期を遂げた彼女。だが、既にみかげさまの一部となりつつある夏音には、生前の美しい女性の姿がはっきりと見えていたのだった。 『納得がいかないかもしれない。でももう、受け入れるしかないの。何故ならみかげさまのお役目は、誰かが担わなければいけないものだったんだから……』  夏音にみかげさまの役目について説明してくれたのは、ほとんど芳子だった。彼女の話を聞きながら力尽きた夏音は、己にできる選択が“諦め”しかないことを悟ったのである。  みかげさまの任務を解かれるまで、自分達は人柱の一部としてこの村の守り神にならなければいけない。  人としての意識を完全に失うこともできないまま、最期の恐ろしい記憶を抱えたまま世界を守る礎とならなければいけない。  古い世代から貯めた霊力を使い果たしていくので、初代みかげさま以外はじきに開放される時が来るが、それは果たして何十年後か何百年後か。だが、終わりを迎えてちゃんと妹と共に成仏するには、お役目を全うするしかないということを嫌でも夏音は悟るしかなかったのである。  もう全身を襲う悪寒も、痛みも、苦しみもない。  けれど絶望は、死んだ後も延々と続いていくのである。 ――私達は、偉大な役目に選ばれたの。私達は世界を救う救世主になるの。だから、悲しいことでもなんでもないの。……そう思わなければ、やっていけなかった。  けれど、そうやって無理やりにでも受け入れようとしたのは。  まだ夏音に――妹を救い、共にここから逃れたいという気持ちがあったからである。  大事なものを想う気持ちが、失われていなかったからに他ならないのである。
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