<第二十四話・飢>

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「……貴女が願う気持ちは、わかるわ」  血だらけになり、死にかけながらも訴える琴子に。夏音は静かに、言葉を紡いだ。 「自分が死ぬかもしれないっていう時に、友達のことを心配できる貴女は……とても、立派だと思う。でも、生贄を選ぶのは初代の“みかげさま”だし、それを実行するのは村の人たち。それがどういうことかわかる?そこに取り込まれて“一部”になっただけの私や、そこに取り込まれそうになっている貴女に出来ることなんかたかが知れてるのよ。貴女の縄をほどいて導いてやるくらいならできなくはないけど、私達にできるのはその程度のこと。その傷で、一体どうやってお友達を連れて逃げるの?」 「……わかってる。あたし、もうすぐ、死んじゃうって。だから、美園を完全に助けるとか、無理だとは思うけど……でも」  息も絶え絶えになりながら、痛みに涙を流し続けながら琴子は言う。 「でも……何もしないまま、死ぬなんて嫌……!あたし、あたしは美園を助けて、ちゃんと意味ある死に方をしたんだって納得したい!我が儘かもしれないけど、自分勝手かもしれないけど、でも……美園に、美園だけは、生きて欲しいよ……!!」  彼女が何を考えているのか、全く想像がつかないわけじゃない。それが成功する確率が、どれほど低いものであるということも。  それでも、その必死な姿は――この洞窟を彷徨い続け、苦しみながらも妹を助けたいと願った夏音自身に、重なるものがあるのは確かなことで。 ――本当は、わかってた。この村に地獄の蓋なんてもの、本当はないのかもしれない。あるいはあったとしても、こんな風に誰かを苦しめて苦しめて殺し続ける必要なんて本当はないのかもしれないってことも。それでも、私は私が死んだ意味が欲しくて……無理やり納得したつもりになってた。  そうだ、納得するしかなかったのだ。  そこに疑問を挟んだり、不満を残したりしたら――いつまで続くかもわからぬこの地獄に、耐えられなくなることがわかっていたから。 ――でも。自分が苦しいからって……誰かを苦しめていい理由なんて、本当はない。そうよね、秋乃……?  ふと、夏音の足に伸びる、手。  いつからそこにいたのか、妹が体育座りをしてそこにいた。何も言わず、ただ視線を投げかけるばかりではあったが――それでも。  秋乃が何を願ったか、夏音にはわかるような気がしたのである。 「……生贄から堂島美園を外して欲しいなら、人間の邪魔を振り払い、初代みかげさまを説得しないとダメよ」  夏音はゆっくりと、琴子の右手に打たれた釘に手を伸ばした。 「それが出来るっていうなら。出来ると信じるなら……好きにすればいいわ」  見せてみればいい。奇跡が起きるというのなら、その可能性を。  諦めて堕ちるしかない自分達にもまだ、何かが出来るかもしれないと思わせてくれるような。そんな僅かな光であったとしても。
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