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<第二十五話・影>
遠く、遠く。
美園の耳に、遠くから声が聞こえてきた。その声はずっと泣いている。真っ暗な闇の中、ひたすら泣き続ける声がする。
その声は――小さな、女の子。
『うう、ううう……』
幼い、幼い子供。聞いているだけで胸の痛くなる嗚咽に、思わず美園は心の中で語りかける。
どうしたの。何が何がそんなに悲しいの。貴女を悲しませているものは一体何?と。
『……見えないものが、見える。みんなには見えないから、それはおかしいなことと、皆が申す。ずっとそう、言われてきたのじゃ……』
少女はぐすぐすと鼻を鳴らしながら、必死で美園に訴え掛ける。
『それはだめだと。だめなことなんだと。御影は、普通ではないから、怖いものだと皆が恐れる。御影は、みんなを傷つけたりしたくはないのに、御影が近づくと皆が避けて通る。何か怖いことが起きると、御影の呪いだと云う者もいる始末じゃ……御影も、他の子と同じように外で遊びたい。鬼遊びをしたり、歌留多もしたい。何故それが、御影にだけ許されないのか、誰に訊いても納得のいく説明などしてはくれぬ。ただ、御影が悪いと、そう申すばかりじゃ……』
子供らしくたどたどしいが、それでもしっかりとものを喋る子供。御影様だ、と理解すると同時に。当時どれほど厳しいしつけを受けて育ったのだろうと思わずにはいられない。十歳未満――否、六歳か七歳かそこらの少女が、ここまでものを理解してきちんとした話し方ができるものなのかと。それとも、今の子供と違い、昔の子供はそれが当たり前であったのかと。
いずれにせよ、彼女が聡明であったのは間違いない。
それなのに、力があるというだけで幽閉され、差別を受けてきたとしたら。なんと理不尽で、不条理なことであるか。
『何故御影にこのような力があるか、御影が外へ行くことも叶わず皆に恐れられるのか、御影は何故産まれたのか。その答えはある日突然来た。御影は、この村の守り神になるために産まれた存在であるのだと。そのためにこのような力を持っているのだと。生まれながらの神であるからこそ、人と違うことは当然であったのだと。……御影は。初めて、自分が産まれてきた意味ができたと、それがとても……とても嬉しかったのじゃ。例え、死ぬことでしか、皆の役に立てないのだとしても。この村を、引いては世界全てを、この御影だけが守ることができる。なんと名誉あるお役目であることか。それだけで、それだけで救われたように思えてならなかったのじゃ……』
でも、と。少女はしゃくりあげながら、告げる。
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