<第十四話・転>

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<第十四話・転>

 美園は、夢を見ていた。  己が何処にいるかはわからない。むしろ、第三者視点で見る夢に“自分”というものが存在しないのは珍しい話でもないだろう。己は“いない”。この夢の中の登場人物では、ない。ならばこれは、誰か別の人間が主人公である物語を見ているパターンに違いない、と漠然と思った。昔から想像力が豊かなのか、我ながら意味不明な夢を見ることが少なくないのである。今回もきっと、例に漏れずその方向であるのだと思われた。 『やはり、元の地形や気候の問題だけではないようなのです』  どこかの立派な日本家屋――おのお座敷のような場所で、眉間に皺を刻んだ老人が話している。その後ろに控えるように座している人間達が数人。全員が和装――神社の神主等が着そうな着物姿だった。残念ながら美園には、それらが本当に神道に類するものなのか、あるいはお寺の方向なのかは全くわかっていないわけだが。 『この土地は、悪しきものが非常に溜まりやすい土地であると。……文献を調べてみたところによれば、この土地には“悪しきものを封じる”風習があったようです』 『悪しきもの?』 『そうです。この土地に封じて祀ることで、どのような悪しき人間や神であっても封印することができ、最終的には異界へと無事送り出すことができるとされておりました。此処は、あの世へ通じる入口があると信じられてきた場所なのです。人を数多く殺し、その罪悪感も持たぬ大罪人も。人々を苦しめて供物を捧げられてきた悪しき神も。よその地で手に負えぬその存在であっても、この土地であれば封じて闇に溶かすことができるとされていたようで。残念ながら文献は劣化が激しく、大まかな事情しか辿ることはできませんでした。なんといっても、神話の時代のことにございますゆえ』  その神官のような見た目の老人が頭を下げている相手は――艶やかな着物を着た、一人の少女だった。つやつやとしたおかっぱの頭に、ふくふくとした頬。古くからある日本のお人形のような、実に愛らしい少女である。年はわからないが、どう見積もっても十歳には満たないことだろう。 『昨今の度重なる日照りや水害は、その悪しき者が悪さをしている結果と申すか?』  あどけない声で、それでもしっかりと老人に尋ねる少女。 『左様にございます……“御影(みかげ)”様』 ――!みかげさま……って言った、今!?  見ていた美園は目を見開く。みかげさま――あの可愛らしい少女が、この村の守り神とされる存在だというのか。見たところ、普通の生きた人間ではないか。  まさか本当に、この少女が村を守るため、生贄として捧げられてしまうというのだろうか。美園はただ、固唾を飲んでその光景を見守る。
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