<第十七話・砕>

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<第十七話・砕>

 すぐに逃げろと真知子は美園には言ったが、大前提として彼女は完全に二日酔いの身である。多少騒ぎで目は覚めたようだが、それでも明らかに顔色は悪い。そもそもかなり遅い時間まで飲んでいたはずであるし、アルコールが抜けたと判断していい時間が経過しているのかも怪しいところだ(よく間違えられがちだが、夜に飲みまくったら翌朝車を運転しても飲酒運転になる可能性があるのである)。  幸い、年齢が年齢であるとはいえ真知子も免許は持っているし更新もしている。全く自動車を使っていないわけでもない。高速道路の運転は正直自信がなかったが、なんなら一般道を走っていってもいい。とにかく、今は一刻も早く美園を笹下村の外に連れ出すことが肝心だった。 「おばあちゃん、琴子は、本当に……」 「あんたじゃ助けられない。お願い、もう信じてとしかいいようがないの。お願い」 「……」  さらに言い募ろうとする美園を強引に黙らせて、車に荷物を積み込ませる。彼女が納得していないことなど百も承知であったし、真知子とて嘘をつくのは本意でなかったが仕方ない。反省も後悔も、まずは助かってからするべきことだ。今の真知子にとって最優先するべき事項はただひとつ――孫の安全を確保すること、それだけなのである。 ――ごめんね……ごめんね琴子ちゃん。  美園同様やや派手ではあるが、可愛らしい顔立ちの彼女の笑顔を思いだし――真知子は心の中で何度も何度も謝罪した。  そんな言葉などで、許されることなど何もない。こんなものはただの己の、自分勝手なエゴだということくらいは分かっている。勝木の家は、“担ぎ”。既に選ばれていた彼女を祭場まで運び出すのをやったのは、他でもない息子の美樹と夫の正孝なのだなら。  いくら直接荷担していないとはいえ、わかっていて黙認したなら自分も同罪である。それが、勝木の家に嫁いだ嫁の役目だった。自分はそれを承知の上で正孝の嫁になり、美樹と美加恵を産んだのである。一体どの面を下げて、ごめんなさいなどと言うことができるだろうか。  わかっている。いくら村のため、世界のためとはいえ――殺された人間には、殺された事実のみが全て。その理由など、一体どこに関係があるというのだろうか。 ――私のことをいくら恨んでもいい。だからお願い……美園ちゃんのことだけは、助けて。私はどうなってもいいから……!  もう、琴子はあの場所に運び込まれてしまった。そろそろ儀式の準備が始まっている頃だろう。気の流れ次第で多少中断されたり延期されることもあるが、一度決まった生け贄が逃れる術などあるはずもない。なんせ、最終的に生け贄を決めるのは自分達ではなく“みかげさま”なのだから。人間が、どう足掻けば逃れることなど出来るというのだろうか。
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