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咲かない彼岸花
「あれ? 彼岸花が咲いていない」
藤は毎年彼岸花が咲いている場所を見渡した。辺りは見慣れた赤一色ではなく、青々しい緑が終わらない夏の光景のように広がっている。しゃがみ込み彼岸花を近づいて見れば、虫の触覚のような短く赤いものが茎から生えていた。
玖賀は彼岸花に興味がないのか、藤を見ようともしない。
「玖賀は何か異変を感じていないのか?」
「なにも」
「本当に?」
「藤の方こそなにか感じていないのか?」
玖賀の言葉に心臓が逃げるように跳ねる。この短い触角を見て思い出すのは弥勒院が従えていた奇妙な化け物。
「蝕……」
蘇る記憶は鬼よりも恐ろしいものだった。人間と呼べるものではなく、手足の代わりにぬるりとした触手が生えている。ぬめぬめとした液体を纏った触手が藤の頬を掠めたような気がして頬をぬぐった。
「大丈夫か?」
藤の行動を変に思ったのか、玖賀と目が合った。
「大丈夫。少し嫌なことを思い出しただけ」
そういえば、弥勒院に深浦を連れ戻して来いと言われたっけ。なんで弥勒院が深浦を欲しがるのだろう? 藤よりも側にいたであろう深浦に弥勒院の弱味を探りたいと同時に、時間が経過しほどよく感情が落ち着いた深浦とまともに話せると思った。
「玖賀、深浦と獅堂の居場所って探れたりする?」
「海辺の方にいるな」
探す様子もなく、素っ気なく答える玖賀を見て藤は知っていて聞かれるまで黙っていたんだな、と気づく。
「案内できる範囲?」
玖賀の行動範囲は限られている。
「安心しろ、行ける範囲だ」
玖賀は歩き出す。
田んぼのあぜ道にも彼岸花は咲いていなかった。この地域に何かが起きているのは間違いない。血雨のように異能が絡んでいる。
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