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刹那の契約②
獅堂と初めて会った時と同じく、ガタンゴトンと列車が動く音がした。
藤は目を開ける。獅堂は放心状態で前の座席に座っていた。列車の車窓は以前見たようなのどかな太陽とふるさとに似た野原はない。月あかりもない暗闇だ。
「おい、もう玖賀はいないぞ」
藤は強気に出る。玖賀がいるから悪いようにはされない。獅堂は目だけを動かし、藤を見たが放心状態だった。
「なぁ、玖賀に何をされたんだ」
藤は気になった。自信家の獅堂がどうしてここまで落ち込む理由がわからない。
「地獄を見た」
獅堂は頭を抱える。わなわなと手が震えていた。
「地獄……?」
藤は獅堂の手に触れる。その瞬間、一気に寂しい匂いがして胸が苦しくなった。獅堂はかつての玖賀のように、かなり不安定な状態だった。
「あれはセンチネルの敵だ」
藤の手が触れたことで、多少の癒やし効果を得たのか獅堂が話し始める。獅堂と手が触れているため、玖賀に怯えていることが直に脳内へ伝わってきた。
「敵ってどういう意味?」
玖賀は鬼だ。鬼のセンチネル。人のセンチネルとは違う能力を持っているかもしれない。藤は食い気味に聞いた。
「自分の嫌な部分を見た」
答えにならない返事がきた。獅堂はぐしゃぐしゃと宍色の髪をかきむしる。異様な気配に藤はゾクリ、とした。
「身体を覆い尽くすような邪心」
獅堂は言葉を紡ぐ。操り人形のような語り声。
「頭が割れそうなほど、激痛がして何かが突き出てきそうだった」
獅堂は藤の手を離し、自らの額を触る。何かを確認するかのように頭を撫で回したあと、藤につかみかかる。藤はビクリ、と大きく肩を震わせた。
「なあ、俺様に角は生えていないか?」
獅堂の目は泳ぎ、額から異常なほどの汗が垂れ落ちる。列車は獅堂の心の不安定を表すように、甲高いブレーキ音を鳴らした。だが、列車は止まらない。嫌な音をかき鳴らしながら進んでいく。
藤は獅堂の顔を見た。列車の明かりは薄暗い。目だけでは判断できず、藤は獅堂の額に触れた。じわり、と獅堂の汗が手のひらにしみる。
「……なにもないよ」
藤は隊服の袖で獅堂の汗を拭った。
「そうか……」
獅堂は安心したように、フーッと深く息を吐く。
「隣に座ってもいいか? 心の中がかき乱されて上手くコントロールができない」
獅堂は藤が返事をする前に隣へ座ってきた。
「獅堂には陰陽師がいないのか?」
「必要ないと思っていた。俺様は最強だから」
車窓の景色が変わった。藤のふるさとに似た光景だ。クスノキの大木に、広がる田園地帯。藤は立ち上がり、車窓に乗り出した。提灯を片手に歩く人が見える。現実世界だ。
現実世界にある線路を列車は走っている。
「獅堂、ここは吾嬬村か?」
藤は何のために列車に乗ったか思い出した。野良のセンチネルである、正一を追いかけてここまできた。
「ああ、そうだが。こんな風景でよくわかるな」
獅堂は驚く。どうやら、列車が走っている場所がわかるらしい。
藤の顔から血の気がひいた。
「僕の家族がいる村だ」
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