刹那の契約③

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刹那の契約③

 ぐにゃりと空間が歪んだ。藤は三半規管が上手く機能しない状態で駆け出した。案の定、足がもつれて地面に倒れ込む。 「焦る気持ちはわかるが、無理をするな」  獅堂は藤をかついだ。藤の視界は未だにぐにゃぐにゃと定まらない。獅堂の能力の副作用もあるが、藤自身が動揺しているのもある。今度は吐き気が止まらず、口元を抑えた。 「藤の家はどっちだ」  獅堂は少しだけ進んだ。藤は反対方向に歩き出した獅堂の肩を叩いて、家の方角を指で示した。藤が指差す先には、ぽつぽつと、民家の明かりが数軒見える。藤達が立つ辺り一面は田んぼで一本道だった。大きな木はあまり生えていない。正一の姿は確認できなかった。  藤は焦りで、身体を動かす。ジッとなんかしていられなかった。 「暴れるな、お前が行ったところで何もできないだろう」  獅堂はめんどくさそうに藤の身体を押さえ込む。 「ジッとなんかしていられるか!」  藤は暴れに暴れた。獅堂の腕から逃げるように地面に下りると、フラフラした足取りであぜ道を走り出す。 「家族の顔を見るまで安心できない」  藤は額に汗を滲ませながら歩く。獅堂は藤の傍を歩いた。  家の前につき、藤はガラリとドアを開けた。夜中だからか、明かりはついていない。 「母さん? 椿はいるか?!」  藤は部屋を見渡す。背後から獅堂は藤の前に出た。静まり帰った家の中、藤は嫌な予感がして何度も家族の名前を呼ぶ。だが、返事はない。家の中には誰もいないようだった。 「嘘だろ」  藤は膝から崩れ落ちた。血の気が引いて、目は虚ろ状態になる。  藤が落胆する横で、獅堂は部屋の様子を確認した。  布団は敷かれていたが、めくりあげられている。ちゃぶ台や、物が散乱していた。抵抗した痕跡が部屋のあちこちに残されている。  足跡を見るに、少年の足跡が一つ。柱の壁には(なた)の痕跡。傷はまだ新しかった。 「まだ、遠くには行っていないはずだ」  獅堂は何かの痕跡を見つけたのか、藤の隊服を引っ張った。藤は顔を真っ青にしながら獅堂の顔を見上げる。 「何かを引き()った痕跡がある。まだ新しい」  獅堂は外に出ると、引き摺った痕跡を頼りに歩いていく。藤は最悪な事態を想定しながら追いかけた。もはや自分が冷静な判断ができるとは思えない。自覚していたからこそ、獅堂を頼りにする。 「この土地に禁忌の場所はあるか?」  何かを引き摺った痕跡が消えた。獅堂は辺りを見渡す。周りは田んぼののどかな風景。暗闇のため不気味さが残る。 「禁忌ってほどじゃないけど、夜の神社には近づくなって言われている」  昔から肝試しに行こうとすれば、何度も母に止められた。夜の神社には物の怪がでると。 「そこに案内しろ。野良センは藤の家族が陰陽師の血筋を引いている、と思っているはず。母と弟どのは殺されないだろうが。襲われているかもしれない」  獅堂の顔を冷静だった。このような状況は慣れているのだろうか? 一刻も争う余裕はない。藤は正一にされたことを思い出した。 「母親と弟が性行為されているところなんか見たくない! 神社は山頂にある」  藤はあっちの山だ、と指を差しながら走った。夜の山登りなんてしたことはない。獣も起きている時間だし、視覚がよくない状態なら無謀な判断かもしれない。だが、時間がかかっても登らなければ助けられない。  神社がある山の麓まで着いた時には、藤の息は切れていた。全力で走ったから無理もない。汗を流しながら山に足を踏み入れる。ここまで走ってきた疲れで足は鉛のように重たかった。一瞬、神社まで登れないかもしれない、と頭に過る。 「身体に負担をかけるが、裏技を使うぞ」  獅堂が藤の身体に抱きつく。獅堂が力を得るために身体を重ねたと勘違いをした藤。えっちなことを想像してしまった藤は突き放そうとした。だが、その前にぐにゃり、と視界がねじ曲がる。
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