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刹那の契約④
地面から足が浮く。方向感覚を失いながら強制的に移動させられる。藤は、獅堂の列車以外の能力を体感していた。身体にとても負荷がかかっていることは説明されなくても分かる。
「着くぞ」
獅堂が口にした瞬間、息が吸えた。藤は、さっきまで呼吸ができていなかったことに気づく。
「うわっ……!」
また、藤は三半規管がおかしくなった。まともに立てない状態で山頂の神社に着く。
藤は二回も獅童の力によって、身体の感覚を狂わされたため、地面に嘔吐した。ゴホッ、ゴホッ、と口端から垂れる唾液を隊服の袖で拭った。
「ハァ、ハァ、……」
藤が顔を上げれば、月明かりの中で人影がうっすらと見えた。人数は四人。
「母さん! 椿!!」
藤が人影に向かって声を荒げると、二つの人影が藤の方へ動いた。母親と椿は猿轡をされ、おざなりに身体を縛られている。
リードのように紐を持っているのは、正一と少女だ。藤は人影に向かって走り出そうとしたが、視界が歪みよろけて転けた。
「くそぅ! なんだよ、これ!!」
藤は思うように身体を動かせず、地面を殴る。藤が次に顔を上げた時、獅童が正一と戦っていた。そこに少女が加わる。二対一で不利な状況に見えるが、獅童は楽しそうだった。
「今なら…!!」
藤は震える足で、ゆらりと立ち上がった。獅童が二人を引きつけている今、母親と椿を奪い返せる。
藤は二人によろけながら走り寄った。
「チッ」
藤の行動に気づいた正一が鎌を投げるが、鎌は藤まで届かなかった。獅童のセンチネル能力で正一の身体に何かが起きているようだ。
藤は腰に携えた刀で二人の縄を切った。母親と椿が解放される。
「藤……! よかった無事だったのね……」
母親は藤を抱きしめた。藤は母親を抱きしめ返す。
「にいちゃんのせいで、また酷い目にあった」
椿は不服そうに肩を回しながら、藤を睨みつけた。藤は苦笑いをする。二人の服装を確認し、乱れていないことに安心した。
「一本!」
獅童が宣言したと同時に正一と少女が地面に押しつけられる。藤が振り返れば、地面に二人は伸びていた。
「妹……?」
藤が少女の顔を覗けば、正一に似た女の子だ。年は近く兄妹のような印象を得た。
……ってことは、出した精液をあの子が……いやいやいや、考えるのやめろ。恥ずかしくて死にたくなる!!
「おい、藤。敵から目を離したらまた攫われるぞ」
獅童は野良センチネル二人組を縛り上げた。
「陰陽師を独占したい野良センのことだから、大丈夫かと思うが家族の身が心配だな」
獅童は正一と少女の首に勾玉が入った数珠をかける。
「獅堂、それなんだ?」
藤が気になって数珠に指をさした。
「ああ、煉獄の数珠と言って、センチネルの能力を封じる数珠だ。センチネルを強制的に昏睡状態に落とす」
獅堂は二人を抱き上げた。数珠をかけられた正一と少女の身体は、ぐったりとうなだれている。
「そんな恐ろしいものを子どもにつけるのか」
藤は哀れんだ。いくらセンチネルとはいえ、そこまでしなければならないのか。
「センチネルの能力を知らないからそんなことが言えるんだ」
獅堂は藤に煉獄の数珠を投げる。藤は無言で受け取った。
「鬼に困った時に使うといい」
獅堂はニヤリと笑う。藤は複雑な気持ちで受け取った。
思ったより重たくもないし、普通の数珠のようだ。コロコロ、と藤は手のひらで数珠を転がす。自分の身体に異変は無い。
「そうそう、家族をこのまま田舎に置いておくのは危険だと判明した。そうだ、藤の家にいけば鬼もおるし安心だな! 一緒に暮らせばいい」
獅堂は藤の母親と椿を見て、ガハハと笑う。冗談に捉えられないのは藤だ。
「やめろ、俺が羞恥心で死ぬ」
ただでさえ、玖賀は身体を求める。家族に見られたくは無い。事故る。
「まぁ、それは冗談として陰陽寮に言って保護してもらった方がいいかもな」
それは、ますます陰陽寮に人質がとられたということ。逆らえない要素がまた増えた。
獅童は藤の様子を見て、何か察したのか黙り込む。
「陰陽寮との関係が良くないのならば、政府の方に……「その必要はない」
獅童の声に重ねるように誰かが神社に来た。藤と同じ隊服を着ている男。背後には部下を数名引き連れていた。
「深浦さん……」
藤はその人物を知っていた。
「久しぶりだな、藤」
その男は、藤が陰陽寮に連行された時にお世話になった人だった。
「誰だこいつは」
獅堂は気にくわない、と言わんばかりの顔で深浦を睨みつける。
「藤の尻の穴まで知り尽くした男」
深浦はオッケーサインをして、目に当てた。藤に刺さるのは、周囲からの冷たい目線。特に母親と椿の目線が完全に引いている。
待て、待ってくれ、その言い方は語弊がある。
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