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陰陽寮の存在
――玖賀を目覚めさせる数ヶ月前。
藤は陰陽寮に連れてこられた。陰陽寮の話によると、どうやら藤には特殊なセンチネルとペアを組まされるらしい。隊服を渡され着替えた藤は、ある部屋に案内された。
「失礼します」
藤が部屋に入ると、ベッドしかない。少し嫌な予感がした。
「あの……ここって……」
藤は言葉を濁す。ベッドサイドには性的な玩具がずらりと並んでいた。それを横目に見ながら連れてきた隊員に話しかけた。
「藤と組むセンチネルは昏睡状態のため、リードしてもらわくてはならない。言いたいことがわかるよな」
鷹のように鋭い目が光る。藤は頬を引きつりながら「はい」と答えた。
「恥ずかしいと思うならこれを飲めばいい」
隊員が部屋の奥から持ってきたのは『白鹿』のラベルが貼られた瓶。
「日本酒だ、媚薬よりも上手い。酒は強い方か?」
男は酒器に白鹿を注いだ。ふわり、と日本酒の香りが漂ってくる。豊かな匂いに、藤は少し酔いそうだった。
「それなりに……」
藤は酒器を受け取り、一口飲む。飲みやすく、優しい味がした。
***
「安心しろ、挿入はしない。やりやすいように、受け入れやすい身体にするだけだ」
男は深浦と言うらしい。酒を酌み交わし、互いの故郷の話をした。白鹿は深浦の地酒だそうだ。深浦がほろ酔い状態の藤に近づいてくる。
藤は酒が進んでいく内に、暑くなって隊服を脱いでいた。ごろり、と藤がベッドに寝転がると、ベッドはいいものを使っているようで、ふかふかだった。
「は、い……」
経験がない藤は身体を硬くさせる。緊張で強張った身体は動かなかった。あまり見過ぎるのはよくないか、股を大きく広げた方がいいのか、どうでもいいことが藤の頭の中を駆け巡る。藤は口を一文字に結び、相手がどう行動するのか待った。
「ん……」
「安心しろ、触るだけだ」
深浦は藤の身体を触る。藤はくすぐったくて、息を漏らした。その口に深浦が口づけをする。
「ん、ん……」
何をしているんだろう、弟や家族を守るために来たのに。敵から守るために来たのに、こんなことをしている場合じゃないのに。
――酒のせいか、抗えない。
じゅくじゅくと自分の下半身から厭らしい音がする。自分の身体が別の身体になってしまった。
「安心しろ、センチネルは陰陽師に触れ合うためなら何でもする。そんな怖い存在じゃない」
深浦はペチャリ、と藤の乳首を舐めた。人生で舐められたところがない場所を舐められ、藤はビクリ、と身体を震わせる。
「ふ、深浦さんはセンチネルですか?」
特殊能力を持つのはセンチネルと陰陽師。何も持たないのは無個性。世の中は無個性な人間がほとんどだ。
「残念ながら無個性だ。センチネルは独占欲が強い。センチネルの匂いをつけすぎると都合が悪いからな」
フッと、深浦は悲しく笑った。また白鹿の匂いがする。藤の鼻はお酒で麻痺をしているため、深浦の感情が読めなかった。
「テクニックさえ覚えれば、陰陽師はセンチネルの優位に立てる」
深浦は話しながら前戯を進めていった。藤は頭がぼーっとしているため、話の半分以上は流れていっている。
やわらかい枕に顔をうずめながら藤は深浦の話を聞いていた。ぼんやりと、深浦の言うことを聞いている。酔った身体に、全てを頭の中にたたき込むのは難しかった。
***
「なんでかゆいんだ……」
藤は前戯が終わった夜に下半身をくねらせた。
陰陽師と認定された藤は陰陽寮から出られない。奉仕を強要されることが嫌で逃走した者がいたため外出は禁止されていた。
「くそっ……」
深浦に玩具で突かれた奥が妙に疼く。知らないフリをして寝ようとしたけど、疼きが身体全体を支配していった。
どうにも我慢できなくなり、藤は初めて蕾に指をいれた。ぬちゃり、とした粘着質な糸が引く。初めての指触りにドキドキしながら指を増やしていった。
「届かねぇ……」
脳裏に浮かぶのは、深浦の部屋で見た卑猥な玩具。藤はいてもたってもいられず、ベッドから起き上がった。頭の中は卑猥な玩具に支配されている。
こんな自分は有り得ない、そうだとしてもあの部屋に行かずにはいられなかった。
「嵌められた……」
部屋の前には深浦がいた。藤がここに来るのを分かっていたかのように、紙巻き煙草を吸っている。
「初日はね、みんなここに来るんだよ」
ジュッと、紙巻き煙草の火を消した深浦。ふふっと、鷹の目を光らせながら不敵な笑みを浮かべた。
***
「はぁ、はぁ……」
藤はベッドに寝転がる。異常な汗が止まらない。身体が熱っぽい。
「薬を塗っておくね」
深浦は卑猥な玩具が並ぶ机から、小さなマッチ箱のようなものを取る。中には塗り薬が入っていた。
藤は着ていた服を脱ぎ、膝を立てた。ひんやり、とした深浦の指が藤の蕾に入ってくる。ぐちゅぐちゅ、と赤く腫れた藤の中を深浦の指が進んでいった。自分では怖くて差し込めなかった場所まで、深浦の指が入り込んでくる。
「今ならコレも怖くないかもね」
深浦は卑猥な玩具にローションを垂らした。ぬめぬめに光った玩具が藤の入り口に当てられる。ヒクヒク、と入り口が玩具に吸い付いているのが嫌でも藤は感じていた。
とぷん、と飲みこむ音がした。待ちきれなかった快感が藤を襲う。ビクビク、と自分の中がキュウっと締まった。それと同時に変な感覚に陥る。
「ふ、ふかうらさん……なんか、へん」
藤は玩具を持つ、深浦を見る。深浦は玩具を動かしながら藤の陰茎を掴んだ。
「ひぐっ……」
「漏らしそうでしょ? 白鹿飲んだもんね」
藤の陰茎を根元から刺激する深浦。ムズムズと何かが藤の中で沸き起こる。藤は高級そうなベッドの上で粗相をするわけにはいかないと、お手洗いに行こうとした。
「深浦さん?」
だが、深浦は玩具を動かす手を止めない。藤の陰茎も掴んだままだ。
「経費は陰陽寮が持つから漏らしていいよ。つうか、漏らして」
深浦の鷹のような目が光る。藤の陰茎を両手で強く刺激した。玩具は藤の蕾に刺さったままだ。深浦は片手で陰茎を掴み、鈴口の先を掌で摺り合わせる。藤を短時間で絶頂へと追い詰めた。
「も、がまんがっ……」
藤の腰が引いた。藤の陰茎から大量の尿が放出される。ボタボタとシーツに尿が染みこんでいった。
「あー……」
藤は力無くベッドに寝転がった。下半身がビチョビチョに濡れている。放尿感が気持ちいい。
「陰陽道はもっと深く、濃く、重たい」
深浦はボソリ、と呟いた。藤は顔を上げる。言葉の意味を知りたかった。
「どういう意味ですか?」
藤が問うと、深浦は玩具をゴミ箱に捨てた。物音にビックリした藤は身体を震わす。
「藤、覚えときな。ここの連中は可笑しい」
濡れていないシーツで深浦は手を拭いた。
「それ、自分で言いますか?」
深浦も陰陽寮の人間だ。自分が所属する組織のことを可笑しいだなんて言っていいものか。もっとも、放尿プレイをする深浦も可笑しいが。
「まぁ、藤には長生きして欲しいんだよ」
深浦は棚からタオルを取りだす。それを藤に渡した。
「ありがとうございます」
長生きして欲しいとは、どういう意味だろうか。もしかしたら、特殊なセンチネルに殺されるかもしれない未来を指しているのか。
「センチネルに殺されるかもしれない、ということですか」
藤は口にするだけで、身震いをした。センチネルは五感にまつわる特殊能力を持っている。暴走すれば何が起こるか分からない。
「センチネルは感情が分かりやすいから、可愛い方だ」
深浦は閉めていたカーテンを開けた。月明かりが部屋の中を照らす。深浦は藤に背を向けたまま話し出した。
「明治から大正へと時代が移り変わり、月明かりと提灯の火を頼りにしていた夜も、街灯が闇を払うようになった。闇を恐れなくなった今、陰陽師を見下したり、暴力を振るものが後をたたない」
藤は陰陽師と名乗る者が家を訪ねるまで、陰陽師の存在を知らなかった。陰陽寮がある街では、誰一人陰陽師は一人で行動していない。最低でも二人組だった。何かを警戒しているように。
「政府に潜りこんだセンチネルは、自らの欲を満たすためだけに陰陽師を狙う」
深浦は悲しそうに振り返り、藤を指さした。藤は冷たい水に打たれたように、身を引き締める。
深浦は過去にセンチネルにまつわる事件に巻き込まれたのかもしれない。古びた蔵の匂いを察知した。深浦が発した過去の匂いだ。
藤は陰陽寮で数日生活をしたが、一部のセンチネルが陰陽師を襲って無理やり契約を結ぶ事件があったことを教わった。
端的に言うと強姦だが、センチネルは陰陽師よりも社会的に優れた地位にあるので問題になることはないらしい。
「……覚えときます」
藤はそれしか言えなかった。まだ陰陽寮を味方と判断するには難しかった。
***
「じゃあね、さようなら」
深浦は藤に手を振った。
「深浦さん、お世話になりました」
藤が鬼を目覚めさせる日が来た。藤の背後には見張りの陰陽寮の人間が数人控えている。藤と深浦の別れは素っ気なかった。一言言葉を交わして、陰陽寮を去る藤。
それぐらいあっさりしているほうが、変な気持ちも執着も湧かず後腐れがなくて楽だった。
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