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玖賀の姿
昼過ぎだろうか、腹が減って藤は起きた。玖賀の容体は落ち着いたのか、襲われることはない。気分良さそうに寝ている。
藤は玖賀の長髪を触った。さらさら、とした綺麗な白髪。すると、玖賀が目を覚ました。
「一晩の間に何があった?」
藤が聞けば、玖賀は興味なさそうにフイっとそっぽを向く。子どものような素振りを見せた。
「おい、玖賀。能力を使ったんだろ。何があったのか教えろよ」
何かを隠すような仕草に、藤は問い詰める。玖賀は目を合わせようとしない。
「言わん」
そっぽを向くが藤から離れようとしない。まだ、力が安定しないのだろうか。
「なんだよ、教えないならこうしてやる」
藤は獅堂からもらった煉獄の数珠を玖賀につけた。途端に、玖賀の様子がおかしくなる。
「なんだ……これは……」
玖賀は嫌そうに数珠を外そうとするが力が入らないようだ。ツルツル、と数珠が滑っている。
「獅堂からもらった……煉獄の数珠だったけ。なんか、センチネルの能力が使えなくなるそうなんだけど、どう?」
玖賀は鬼のセンチネル。煉獄の数珠をつければ、どうなるのか藤は興味があった。
「どう? と言われてもだな……」
玖賀の目は黒目に変わっていた。白髪もみるみるうちに黒髪へと変わっていく。玖賀の見た目が変わってしまったことで、藤は焦り始めた。
「え、ご、ごめん玖賀、今すぐ外す」
見た目が変わるってことは、かなり影響与えてるよな。昨晩のようにまた求められたら体力がもたない。
「構わん、体調に異変は感じぬ」
のんきに玖賀は黒髪となった髪の毛を弄り始めた。楽しそうに笑っている。
「あ……」
気づけば、玖賀に生えていた二本の角も消えた。爪も短くなっている。
「ほう……これは面白いな」
玖賀は頭に手を置いた。角が生えていないのを確認している。藤は玖賀の象徴となる鬼が消えて焦った。人になってしまったことで、陰陽寮に怒られるかもしれない。
「久々に人に戻った」
ククッと、嬉しそうに玖賀は笑った。『人に戻った』と聞いて、藤は疑問が生まれる。
「ん? 玖賀は生まれつき鬼じゃないのか」
勝手に玖賀は、産まれてからずっと鬼だと思っていた。だが、違うらしい。
「ああ、元々人間だ」
玖賀の衝撃的な発言に、藤は頭が真っ白になった。陰陽寮は玖賀が元、人間だということを知っているのだろうか?
「そうなのか?! なんだよ、言ってくれればちょっとは信頼できたのに」
別に鬼と人間で区別しているつもりはない。ただ、やはり人と違うからと意識をしていた。元、人間と聞いて自然と距離感が近くなるような感覚に陥る。
「鬼の姿で言っても信頼しないだろう。人間の姿になって初めて私の言葉を信じる」
どこか、経験したような言い方に藤はズキリ、と胸が痛くなった。確かに鬼の姿で元、人間だと言われても『証拠は?』と反論してしまいそうだ。
センチネルという有り得ない存在なのに、さらに鬼の姿だ。信頼を得るのに苦労したはず。
「う……確かにそうかもしれない」
藤は過去の玖賀に同情した。少しは優しくしようと心がける。
「だが、人間の姿に戻ったことで五月蠅い声が聞こえなくなった。これなら浅草にも行けそうだ」
玖賀はじゃらり、と数珠を動かした。外そうと思えば外せそうだが、玖賀は外そうとしない。
「え?」
……失敗した。センチネルの能力が無くなった、ということは自由に行き来できるようになる。獅堂め、何が『困った時に使えばいい』だ。ますます困った状況になってしまったじゃないか。
「藤の母親と弟が陰陽寮にいるのだろう? 会わせてくれ」
なぜ、あんなにも玖賀が弱っていたのか理解した。玖賀は土地センチネルとして、動けない分、耳の能力を酷使し藤の状況を探っていた。そりゃ一晩中、聞き耳を立てていたのなら精神が弱るのも当たり前だ。
「玖賀……お前ってやつは……」
ため息をつきながら藤は俯く。何千里も離れた場所から聞き耳を立てるなんて聞いたことがない。センチネルの能力無駄遣いだ。
「なんだ?」
玖賀は早く行きたいのか布団から立ち上がる。玄関の扉を少しだけ開けた。久々に浴びる日の光に、おそるおそる手を差し出す。
「いや、なんでもない」
藤は立ち上がり、布を水で濡らして身を清めた。昼間から湯を沸かすのはもったいない。
玖賀は手を差し出しても、日の光は玖賀の身体を焼かなかった。嬉しそうに、家中の窓を開けようとする玖賀を全力で止めた。まだ、藤は全裸だ。
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