藤と玖賀の初デート

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藤と玖賀の初デート

「ほう! ここが浅草か」  玖賀は楽しそうに歩いている。藤は見失わないように後を追いかけた。 「待てよ、玖賀。はぐれるだろうが」  玖賀は藤の言葉を聞こうとしない。人にぶつかりながら進んでいく。 「あれに登りたい」  玖賀は見上げるほど高い煉瓦(れんが)の塔の前で止まった。その建物は浅草公園に建てられた十二階建ての展望台。浅草(あさくさ)凌雲閣(りょううんかく)。 「浅草十二階に行きたいのか」  藤は戸惑った。田舎である吾嬬(あづま)村から来た藤は、名称は知っていたものの、まだ中に入ったことはなかった。浅草に上京してから玖賀以外の知り合いはいない。  深浦さんは陰陽寮で会うだけで、任務のためだからって仕事のような付き合いだったな。陰陽寮は敵だと思っていたし、陰陽師との知り合いもいない。 「藤は行ったことがあるのか?」  玖賀は嫉妬に塗れたような顔をする。赤目から黒目に変わり、白髪から黒髪になっても、中身は変わらなかった。 「おいおい、にいちゃん、東京観光に行くべき場所に行ったことがねぇのか?」  入り口付近で立っていた男に声をかけられる。 「もったいないねぇ、ここからの景色が最高サァ。お嬢さんも喜びますで」  くいくい、と指で藤を引き寄せる。藤が隊服を着ており、玖賀が着物を着ていた。玖賀が黒髪長髪で女に見えたらしい。 「べっぴんさんを連れていかな、男が(すた)りますぜ」  男の言葉を聞いて、明らかに不機嫌になる玖賀。普段なら玖賀のセンチネルの能力が発動しそうだが、煉獄の数珠をつけている。男の命の心配はない。 「ないね、僕も行きたいと思っていたし行こうか」  だが、今にも飛びかかりそうな玖賀を背に隠し中に入った。お金は陰陽寮から支給されている。不都合があれば、いるか分からない見張りの者が声をかけてくるだろう。  受付で入場料の八銭を払い、中に入った。 「藤、あそこ封鎖されているぞ」  玖賀が指さした場所は扉のようなものが木の板で打ち付けられていた。看板に文字が書いてあったが、玖賀は読めないらしい。  藤は陰陽寮で言葉を学んだ。ある程度は読み書きできる。 「ふうん、昔はエレベーターが動いてたそうだけど、今は動いてないんだって」  藤は上を見上げた。十二階まで階段を使って上らないと頂上からの景色が見えない。八階に休憩所があるらしいが、道のりは長そうだった。 「途中、絵が飾ってあって上るのが楽しいな」  玖賀は絵に興味があるようだった。煉瓦の隙間から見える景色の変わり様を楽しんでいる。玖賀が絵や外に興味があって助かった。玖賀のペースについていけそうだ。  階段の途中には、外国の物品販売店が並んでいた。ガラスのよくわからない物がたくさんあり、玖賀が触って壊しやしないか不安になる。 「玖賀、さすがにコレは買えないからな」  藤がこそり、と玖賀に耳打ちをする。陰陽寮からの支給は多少の贅沢ができる程度だ。散財できるほど持ち合わせていない。 「そうか」  玖賀は残念そうに店を後にした。目に入らないようにしているのか、絵や外の風景を見ながら階段を上っていく。  壁面に飾られていた絵が写真へと変わった。花街の芸者達の写真だ。題名に『東京百美人』と書かれている。 「四階か、八階の休憩所の半分まで来たな」  藤は写真を見ながら玖賀に声をかけた。 「ああ、藤。体力は平気か?」  玖賀は何かを思い出したかのように振り返る。 「珍しく心配してくれるんだな」  藤は玖賀の隣に並んだ。東京観光の名所と言っても、グルグルと階段を上るのは物好きらしい。頂上から下りてくる人は少なかった。  騒がしいのは外だけで、案外ここは静かで落ち着く。それに、玖賀とはぐれる心配もない。 「ああ、少し走っただけで心臓の音が五月蠅(うるさ)いからな。今は聞こえず、変な感じだ」  玖賀は耳をすませた。だが、いつもと感覚が違うらしく首を傾げる。 「……そんな音まで聞こえてんのかよ」  藤は顔を赤らめる。心臓の音で心配されるのは恥ずかしい。  *** 「煉瓦から木造に変わった」  十一階と十二階は木造だった。眺望室まであと少し。藤と玖賀は休憩所で少し休憩をしてから上った。あまり時間をかけると、日が暮れてしまう。  頂上まで登った時、そこに見知った顔があった。 「深浦さん……」 「藤、真っ直ぐ陰陽寮に来るかと思っていたのに寄り道をするとは……」 「こいつが深浦……」  玖賀は明らかに敵対視をした。 「それ、鬼?」  深浦は興味深そうに玖賀を見る。玖賀は見られたくないのか、フイとそっぽを向き、藤の肩を抱いた。 「ええ、まぁ。ちょっと今は色々あって人間になってます」  藤は獅堂のことを隠した。陰陽寮と獅堂がいる新政府はかなり仲が悪い。神社の一件もあって、獅堂からもらった煉獄の数珠のことは明かせなかった。 「ふうん、それで私のことを察知しなかった……いや、そもそも存在を知りようもないか」  鷹のように鋭い目線を向けられた。実際は藤の背後にいる玖賀だ。 「困るね、センチネルなんだから仕事をしてもらわないと」 「すみません」  藤は頭を下げた。与えられた陰陽師の職種として、休日は決まっていない。だが、今の玖賀に陰陽師やセンチネルを探す能力は無かった。仕事を放棄しているようなものだ。 「なぜ、藤が頭を下げる? 頭を下げなければならないのは鬼の方だろう」  深浦は見下すように、玖賀へ指をさす。その言い方はプライドが高い玖賀の逆鱗に触れる行為だ。 「深浦さん、僕が人間になった玖賀を連れ回したんです」 「藤が? 君は真っ直ぐ家族の元に来るはずだ。連れ回したのは人間に戻り、舞い上がった鬼だろ」  深浦は頑固で引き下がろうとしなかった。このまま平行線にもめるだけだ。藤はチラリと、黙り込んでいる玖賀を見る。その時、強く風が吹いた。ふわり、と玖賀の黒髪が宙を舞う。玖賀の表情は髪の毛で見えない。 「ん?」  ふと、玖賀の黒髪に、チラリと白いものが見えた。なにかゴミでもついたのだろうか。藤は玖賀の頭に手をやる。石ころのような肌触りだ。 「なんだ、藤。頭を触りよって」  玖賀は少し嬉しそうな顔で藤を見た。頭を撫でられたのが嬉しいらしい。また新しい玖賀の一面を見れたが、それどころではない。 「玖賀……その、角生えてきてる」   藤は見たまんま報告をした。玖賀の頭には石ころのような角が生え始めていた。
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