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「母さん、椿!」
陰陽寮で母さんと椿に再会した。物置小屋のような部屋を与えられていないか不安だったが、一室を与えられているようで安心する。陰陽寮は古びた木造の建物だった。学校のような造りに藤は故郷の吾妻村を思い出す。
「藤……そちらの方が」
母さんは玖賀を指差した。椿も玖賀のことを様子見している。
「初めまして。玖賀と申します」
玖賀は頭を下げてお辞儀をした。藤は玖賀の礼儀正しい挨拶に驚く。
「玖賀……敬語を使えたんだな」
「常識は弁えておるわ」
当たり前だ、と言わんばかりに玖賀は言い返した。玖賀はどこで常識を弁えたのだろう?
「ふうん、あんたがセンチネルなんだ」
椿は相変わらず、玖賀に敵対心を向けていた。
「椿、そんな言い方はしない」
椿はすぐに喧嘩を売る。玖賀が人間化してなかったら、何かされていたかもしれない。最初の頃に比べて、多少成長したかもしれないが、まだまだ子どもっぽさが残っている。
「にいちゃんは人良いお人好しだからな。良いように振り回されてんだろ」
椿は玖賀に詰め寄った。藤はハラハラしながら二人を見守る。玖賀は椿を見下ろしていた。玖賀と椿が並ぶと玖賀の方が背が高い。
「そうだな、藤はお人好しだ。危険と分かっていても単身で助けにいく」
「玖賀……」
玖賀が直接言ったのは椿だ。藤ではない。それでも藤は褒められたようで嬉しかった。
「にいちゃん殺したら許さないからな」
それでも椿は玖賀の言葉に納得しないようで、玖賀の首元に掴みかかる。
「椿!」
いくら玖賀が人間の姿をしているからとはいえ、先ほどの一件がある。また鬼化してしまうかもしれない。藤は玖賀と椿の間に割り込んだ。
「同じ過ちは繰り返さない」
玖賀は意味深なことを言った。同じ過ちを繰り返さない……それは前の陰陽師を殺した、ということか。
信頼していたはずなのに、また疑心暗鬼に陥る。
「同じ過ちってなんだよ。前科持ちじゃねぇか」
やっぱりそこは血の繋がった兄弟。同じことを考えていた。
「椿!」
正直、気になってはいた。でも聞けなかった。聞くのが怖かったのかもしれない。
「以前の私は未熟だった」
玖賀が口を開く。たったそれだけの言葉で椿が黙った。玖賀がセンチネルの能力を使ったかと思ったが、見た目に変化はなかった。赤い目も今はただの黒目だ。
「お、同じ過ちとやらを繰り返したら許さないからな!」
時間が止まったような空間に支配され、黙っていた椿が慌てて叫んだ。
「あ」
遠くに正一くんの姿が見える。玖賀も藤と同じ方向を見た。
「正一くん! もう平気そうだね」
藤は正一に手を振った。獅堂がなかなかに力を奮っていたから心配をしていた。
「あ、陰陽師のおにいちゃん」
正一が藤に近づく。正一の妹も後ろについてきていた。
「おそったりして、ごめんなさい」
正一はペコリと頭を下げる。鉈を振り回していた時と違う表情を見せた。
「あ、ううん。身体はもう大丈夫なのかい?」
藤は正一の態度に戸惑う。今は普通の子どもに見えた。初めて会った時と随分印象が変わっている。
「まあ、センチネルは陰陽師がいれば大人しいから」
ニコリ、と深浦は笑った。
「そんな単純なものなんですか」
正直言って何か裏があるんじゃないかと思ってしまう。それほど、態度の代わり映えが大きい。
「何かにずっとイライラしてたけど、ここにいたら頭は痛くならないし妹も楽しそうだから平気」
正一は嬉しそうに笑った。
「政府はエリート……家同士の繋がりがなければセンチネルを迎えいれない。あそこはしがらみが多いんだ。獅堂はバカだから陰陽師を襲わないけど、他の政府センチネルには気をつけた方がいい」
「深浦さん、獅堂のこと詳しいんですね」
藤に図星を突かれたのか、深浦は目を大きく開けた。珍しく深浦が感情を表に出す。
「ふん、センチネルがいるところに現れるから遭遇率が高いだけだ」
動揺したのは一瞬だけで、すぐにまたいつも通りの深浦に戻ってしまった。今の違和感はなんだったのだろう……。
「もしかして、それあの時の鬼か?」
正一は人間化した玖賀をジロジロと見た。
「私がなんだ?」
玖賀は見下すように睨みつける。正一はビックリしたようで藤の後ろに隠れてしまった。
「玖賀、大人げないぞ」
藤は正一の肩を抱き寄せた。それを見た玖賀は不機嫌になる。
「その数珠……付けてて平気なのか?」
正一は玖賀が付けている煉獄の数珠を指差した。
「これか? ああ、平気だ」
玖賀は腕を軽く上げる。勾玉が入った数珠がジャラリ、と鳴った。
「嘘だろ……? 鬼だから地獄に落ちないのか」
正一は藤の隊服を握りしめたまま、煉獄の数珠を見ている。数珠が怖いようだ。
「地獄……」
藤は正一の言葉が離れなかった。センチネルは昏睡状態に陥った時、精神的な世界を彷徨うらしい。
玖賀は昏睡状態でもみじ神社に眠っていた。その間、ずっと地獄を見ていたのだろうか。
「ふん、んなわけあるか。元々の器が違うだけだ」
興味なさそうに、玖賀は答えた。
――知りたい。
藤の中で好奇心が大きくなる。なぜ、玖賀は鬼になったのか。センチネルとは何者なのか。
「にいちゃん」
不意に椿が呼んだ。
「……ん? どうした椿」
藤は振り返り、椿を見る。
「いや、どこか遠くに行きそうな気がして……」
椿は不安げに藤の隊服を掴んだ。
「なに言ってんだよ、椿。俺はここにいるじゃないか」
藤は不思議そうに首を傾げる。襲われた相手が目の前にいるんだ。椿は不安なんだろう。
藤が椿を抱きしめようとすれば、殴られた。そこまでは不安じゃなかったらしい。
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