精神動物(スピリットアニマル)

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精神動物(スピリットアニマル)

 ニー、ニー、と猫の鳴き声が聞こえてくる。野良猫でも紛れ込んできたか? と藤は目を開けた。 「にゃお」  目を開ければ、すぐそこに三毛猫がいた。三毛猫は藤の顔を覗き込むように見ている。 「お、おはようございます。猫さん」  藤は三毛猫に挨拶をした。 「猫にも挨拶とは律儀(りちぎ)だな」  ヒョイっと、玖賀は猫を抱き上げる。 「この猫は精神動物(スピリットアニマル)だ。センチネルと陰陽師にしか見えない」  玖賀は指で猫の喉を撫でだした。猫はゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らしている。 「え、じゃあ僕にもいるのか?」  藤は家の中を見渡す。藤の近くにはいなかった。 「あそこによくわからぬモノがいる」  玖賀が指差した先には、枕のような物体がいた。 「なんだ、あれは……」  藤は前のめりになって白い物体を見た。よくよく見れば白い毛が無数に生えている。しかも、もふもふだ。 「饅頭(まんじゅう)のお化けか?」  藤は饅頭のお化けに近づいた。 「キュー」  饅頭のお化けは、近づいてきた藤の方を勢いよく振り向いた。尾びれをパタパタと動かし、丸くて黒いつぶらな瞳で藤を見つめてくる。  藤は恐る恐る、饅頭のお化けに触れた。もふっ、と藤の手が毛に埋まった。 「首が短い」  ふにふにと藤は躊躇なく触った。 「そいつは歩けんらしい。芋虫のように動き回っていたぞ」  玖賀は藤の隣にしゃがみ込む。三毛猫は玖賀の腕の中にいた。 「見たことない動物だ。センチネルと陰陽師にしか見えないって言ってたけど、獅堂や正一くんにも動物がいるのか?」 「ああ、いると思うぞ。今までは力が安定しなかったので見えなかったが」  玖賀も饅頭のお化けに触れた。「ほぅ」と声を漏らし、満足そうに触っている。玖賀ももふもふには弱いらしい。 「連れて行くには抱っこしたほうがいいのか?」  藤は饅頭のお化けを抱き上げてみる。ずんぐりむっくりなのか、藤の腕にズシリと重みがのしかかった。 「いや、傍にいるものだからほっとけば来ると思うぞ」  玖賀は三毛猫を下ろし、離れる。すると三毛猫は玖賀に向かって走ってきた。 「そういうものなのか……?」  藤は饅頭のお化けがどうやって移動するのか気になり地面に下ろした。少し離れて、饅頭のお化けと距離を取る。すると、饅頭のお化けは横にゴロゴロと転がって藤の傍にきた。 「浅草に行けば獅堂に会えるかな」  藤はどうしても獅堂や正一が持つ精神動物が気になった。玖賀はそこまで興味がないらしく「行くな」と引き止めるが藤は聞かなかった。 「そこまで言うなら仕方ない」  玖賀は煉獄の数珠を手首につけた。シュー……という音と共に角が消え、白髪は黒髪へと変わっていく。 「別に留守番をしていてもいいんだよ」  藤は饅頭のお化けを膝に置いて、玖賀の人間化を待っていた。藤は饅頭のお化けの頭をもふもふともふっている。 「んなもんできるか。藤に精神動物が現れたってことは、その辺にいるセンチネルがいけ好かない偽陰陽師と違い、本物の陰陽師である藤を見つけることが簡単になったということだ。一人で歩かせるわけにはいかぬ」  玖賀は猫を離そうとしなかった。抱き上げて立ち上がる。 「あ、そっか……」  精神動物を連れ歩いていれば、野良センチネルだった正一のように襲ってくる確率が上がるらしい。元々、正一は獅堂が仕向けた少年だった。獅堂が教えなければ、正一は藤が陰陽師だと気づかなかったかもしれない。 「浅草に行く気がなくなっただろう?」  にやり、と玖賀は嬉しそうに笑った。 「いや、行く。玖賀がついてくるなら安心だろう」 「言っておくが、人間化した私はほぼ無力だぞ」  玖賀は藤の頭を撫でる。撫でるだけでは満足しなかったのか、藤を抱きしめた。人間化してもスキンシップの量は変わらない。 「うっ……やっぱりそうなのか」  藤は一瞬、浅草に行こうか迷った。だが、浅草で襲われたことは一度もない。その経験が藤の判断を狂わせる。 「当たり前だ」 「でも、襲われたことはないし大丈夫だと思うけどなー……」  ちらりと、藤は玖賀の様子を伺った。 「まぁ、襲うようなやつがいたらやり返せばいい」  玖賀は「一応、引き止めたからな」と言った。なんだかんだ言っているが、浅草観光をまたしたいみたいだ。 ***  浅草の入り口から仁王門まで浅草仲見世が立ち並ぶ。浅草名物である紅梅焼(こうばいやき)を売っていた。 「藤、これはなんだ?」  玖賀は紅梅焼に興味を示した。店の前に並ぶ、紅梅焼が入った袋を指差す。袋の中には梅の花に型抜きされたものが入っていた。 「それは煎餅(せんべい)。江戸駄菓子だよ」 「ほう、煎餅とな」  玖賀は口元に手を置きジッと見つめている。玖賀の三毛猫が藤に甘えるように足元に擦り寄ってきた。どうやら玖賀は紅梅焼を食べたいらしい。 「小麦粉に砂糖を混ぜて梅の形に焼いてるんですわ。美味しいですわよ」  店内にいた女性が玖賀に近づいてきた。お一つどうぞ、と試食用に砕いた紅梅焼を玖賀に渡す。藤も一口もらった。 「ほう……」  玖賀はもぐもぐと味わって食べている。 「うまいな、もう一つくれ」 「え?」  玖賀が試食用のものに手を伸ばそうとしたところで、藤が玖賀の手を押さえた。 「なにをする」  玖賀は眉間に皺を寄せる。 「もっと食べたいなら買わないとだめだ。さっきのはお試しなんだよ」  忘れていた。玖賀は人間の姿をしているが、人間の常識を知らない。 「お姉さん、一個ちょうだい」  藤は取り繕うように女性に笑いかけた。女性は苦笑いをしながら紅梅焼を手に取り渡す。藤は懐から財布を取り出そうとしたところで、後ろから声をかけられた。 「お前、ガイドだな」  藤の背後に立つのは男二人組。男二人はスーツにハットを被っている。髪型はポマードで七三分けに固めていた。藤はポマードの人工的な臭いに耐えられなくて鼻を隊服の袖で覆う。
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