161人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
相剋(そうこく)の関係
「誰だ、お前らは」
玖賀は藤と男の間に立ち入った。藤は腰に携えたお飾りの刀に手を伸ばす。手は震えていた。藤は人に刀を向け慣れていない。
藤から紅梅焼の代金を受け取り損ねた女性は、逃げるようにそそくさと店の奥へと引っ込んだ。
「ガイドは大人しくしてな」
男の目が赤く光った。センチネルの能力だ。
「うっ……」
藤の身体に空気の塊がのしかかった。藤は立っていられなくなり、膝をつく。
「藤?!」
玖賀は振り返り、藤を見た。
「あれ? おかしいな。俺の能力が効かねぇ……」
男は玖賀と藤、両方にセンチネルの能力を使ったようだ。だが、なぜか玖賀には効かなかった。男は不思議そうに首を傾げる。
「ほう、その程度か」
玖賀は煉獄の数珠を外そうとした。すると、玖賀の横から勢いよく何かが飛んで行った。
「なんだ?!」
玖賀は飛んで行った何かを目で追った。白い塊は男の体めがけて弾丸のように飛んでいく。
「うわっ……」
ドゴン、と鈍い音がした。男は尻餅をつき、勢いが無くなった白い塊が転がり落ちる。
「きゅー……」
玖賀の背後から勢いよく飛んでいった白い塊は饅頭のお化けだった。饅頭のお化けは藤が危機に陥った瞬間に、男に向かって体当たりを食らわせた。
「饅頭のお化け!!」
玖賀は男の足下に転がった饅頭のお化けを救出するために走った。
「おい、お前精神動物が見えるのか。ガイドとセンチネルどっちだ?」
男は飛び込んできた玖賀の黒髪を掴んだ。玖賀は饅頭のお化けを抱えている。
「私の髪に触れるな!」
玖賀は自らの髪の毛を握りしめて引っ張り返した。
「っつー……」
藤は激しい頭痛に襲われた。饅頭のお化けが受けたダメージが藤にのしかかる。精神動物が食らったダメージはセンチネルやガイドにも共有する。
「私はセンチネルだ!」
玖賀は煉獄の数珠を外した。みるみるうちに、黒髪が白髪へと変わる。ミシミシ、と角と牙が生えてきた。玖賀の三毛猫は威嚇するように唸っている。
「おい、鬼だぞ……」
初めて見る鬼の姿に男達はたじろいだ。
「陰陽寮たちが飼い慣らしているって噂は本当だったんだ……」
「じゃあ、倒れているガイドを連れていけば光流様は……」
こそこそと、男達は話をし始める。玖賀は話に興味がないようで、目を赤く光らせた。だが、センチネルの能力を発揮する前に後ろから獣に飛びつかれる。
煉獄の数珠の効果で、すぐにはセンチネルの能力が戻らなかった。
「グッ……」
玖賀は獣に肩を噛まれた。メリメリと獣の牙が玖賀の肩に食い込む。苦しそうに玖賀は獣の頭を掴んだ。獣はハイエナだ。アゴの力が強い。
「かわいそうに、三毛猫だとたいした攻撃力もないな」
男は笑う。三毛猫は玖賀を助けようと、ハイエナに飛びつくが簡単に振り落とされてしまった。
「玖賀、もう一匹いるぞ!」
藤の身体には変わらず重力がのしかかっていた。肺が圧迫されて、かなり苦しい。だが、玖賀の背後に獰猛な猪がいる。猪は地面を前足で削り、今にも玖賀に突進しそうだった。
玖賀は背後を見る。その瞬間、猪は玖賀めがけて突進した。玖賀は赤目を光らせ、センチネルの能力を使う。
「くそ、また逃げられた……」
猪は玖賀の足下で気絶している。猪が精神動物である男も倒れた。ただ、玖賀の肩に噛みついていたハイエナがいない。もう一人の男は藤を連れ去ったようだ。藤の姿がなかった。
***
「くくくっ……これは報奨金が出るだろなぁ……これで遊郭に行けるぞ」
男は下卑た笑いをした。男の精神動物、ハイエナが舌を垂らし走ってついてきている。
藤は男にかつがれていた。身体をどうにか動かしたかったが、動かせなかった。嫌な感覚が身体を這いずりまわっている。気分が悪い。
男は仲間を呼んで自動車に乗り込んだ。藤は狭い座席に下ろされる。まだ、身体が痺れていた。
「そいつが鬼のガイドか?」
訝しむ自動車の運転手。
「あぁ、海豹を連れていた。光流様も喜ばれるだろうよ」
男は興奮気味に話す。ハイエナは息を荒くしていた。
饅頭のお化けはあざらしと言うのか……。そういえば、見当たらないな……。
藤は薄目を開けて、海豹を探した。だが、転がってついてきていない。藤の力が弱まったせいで、海豹は実体が保てず姿を消していた。
……いない。
そういえば、男は光流『様』と言っていた。政府公認センチネルのボスの名前か……?
獅堂も光流様とやらに命令されて、接触したのかもしれない。真実を見極めなくては……ダメだ、胃液がせり上がって考えがまとまらない。
藤は男にかけられたセンチネルの力もあり、車酔いをした。
***
「ここは……」
藤は男にかつがれて降車した。車内では我慢することができていたが、耐えきれなくなり吐いてしまう。藤が吐いたものが男にかかった。
「おいおい、たったの十分だけじゃねぇか。乗り慣れてねーのかよ」
男はため息をつき、目を赤く光らせた。藤にのしかかっていた重力が無くなる。どうやら、藤にのしかかる重力を解除したようだ。
楽になった藤は顔をあげると、緑が生い茂る芝生に白い洋風な建物が見えた。規律正しく並んだ柱はとても美しかった。噴水や豹の彫刻など、なにもかも対称的に作られている。
「ん?」
ベランダから誰かが藤達を見下ろしていた。ベランダの柵も彫刻が施されていて、規律正しい模様が見える。
男達はベランダにいる誰かに向かってお辞儀をした。どうやらあの人が光流様のようだ。
玄関に行くと、護衛らしき人達が藤達を迎える。藤は靴を履いたまま館に入った。
「光流様、鬼のガイドを回収してきました」
男は藤を突き飛ばした。藤は前のめりになり、こける。男達は静かに跪いた。
藤は顔を上げると、そこには玉座に座る金髪の男がいた。片目には眼帯をしている。
「嬉しいなぁ……これで僕は悪夢から解放されるんだ」
藤よりも幼い少年は、軽快な足取りで藤に駆け寄った。
「君は今日から僕のガイドだよ」
少年は藤を優しく抱きしめる。金髪の髪の毛から見えるのは赤目、玖賀と同じようにセンチネルの能力を使い続けているようだ。抱きしめてきた少年の身体からは、いい香水の匂いがした。
最初のコメントを投稿しよう!