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宍色の髪をした男
藤は布団の上で玖賀
「任務に同伴しなかった陰陽師が悪いって言う話が出てるが……どう思う?」
玖賀が藤の胸元に向かって話した。藤は困った顔をする。
「どうって言われても……」
藤が玖賀の任務に同伴できなかったのは理由があった。だが、それを玖賀に伝えることはできない。玖賀に知られたら困ることだからだ。そのため、玖賀の力が届かない浅草へ行った。
「四六時中、私と一緒にいるために首輪をつけろという意見も出てるそうだ」
玖賀は苛々した様子で藤の首を長い爪でつく。鋭い痛みに藤は息を飲みこん
だ。玖賀が藤の喉仏に爪を立てたからだ。
「そんな……首輪なんて嫌だよ」
藤は顔を引きつらせる。
「だったら勝手な行動はするな。私の陰陽師と自覚しろ」
玖賀は藤の軍服を脱がす。藤の鎖骨付近には曼珠沙華
「これはお飾りではない」
玖賀は愛おしそうに曼珠沙華の刻印を舐める。藤は目をつぶり身体を震わせた。
この曼珠沙華の刻印は、藤が鬼とセックスした次の日に現れた。痛みはないが、身体を洗っても消えない。この刻印は陰陽師とセンチネルの繋がりだ。玖賀にも同じ刻印が背中に存在する。
「次から気を付けるから」
藤は玖賀に接吻をする。そうすれば玖賀の機嫌が良くなることは三ヶ月一緒に暮らしてわかったこと。藤が玖賀に触れていないと、玖賀は激しい頭痛がするらしい。
大人しくなった玖賀を置いてご飯を作ろうとすれば、玖賀が背中に引っ付いたまま付いてくる。
「危ないよ」
台所までついてくる玖賀に藤はうっとうしそうな顔をした。ひっつかれるとやりにくい。
「構わん、怪我をしたってすぐ治る」
玖賀は鬼ということもあり、怪我をしてもすぐ治る。それもあり、かなりいろんなことに鈍感だ。藤が嫌みを言ったって何一つ通用しない。
「じゃあ、手伝ってくれる?」
「そこまで器用ではない」
藤は玖賀に抱き付かれながら料理をする。お手洗い以外、玖賀は離れることがない。ある意味、幽霊に取り憑かれているようなものだ。そのせいで、最近は肩こりに悩んでいる。
「こんなはずじゃなかった……」
藤はため息をもらす。陰陽師がいなくて困るのはセンチネルの方だと思っていた。だから、主導権は握れると思っていた。
「失敗したのか? 私が食ってやろう」
玖賀が藤の耳元で囁く
「……ありがとう」
別に料理は失敗していない。本当のことを言うほうが面倒なので適当に話を合わせた。
実際は鬼に振り回される毎日。陰陽寮に見張られているため、逃げ出すこともできない。そんな日々に嫌気をさしていた時、不思議な男と浅草で出会った。
***
赤レンガの街並みを走る車。買い出しと称して、藤は浅草に来た。玖賀が持つ力は、まだ本領を発揮できていない。騒がしい浅草では無効だ。浅草は藤にとって自由に息ができる街だった。
ハイカラな西洋料理店とカフェの間の道ばたを散策していると、寂しい匂いがした。匂いの正体が気になり、鼻を効かせて歩いていれば獅子色の髪をした男と出会う。
「お前、陰陽師か?」
宍色の髪をした男が声をかけてきた。綺麗な身なりをした洋服姿の青年だ。
「ち、違います」
藤は青年の存在に気づかなかった。襲撃に備えて、青年の間合いから外れるために距離を取る。
「怯えるな、安心しろ。襲ったりしない」
青年は両手を上げて敵意がないことを証明した。だが、藤は警戒している。
陰陽師のいないセンチネルは『鬼夜叉
そのため、センチネルは陰陽師の存在を渇望
かつぼう
している。一部のセンチネルが陰陽師を襲って無理やり刻印を結ぶ事件が度々起こる。だが、センチネルは陰陽師よりも社会的に優れた地位にあるため、問題になることはない。そのため、陰陽寮はセンチネルと陰陽師を管理して街の平和を守っていた。
「俺様は政府公認のセンチネルだ。報告は不要」
藤にはセンチネルを見つけ次第、陰陽寮に報告する義務が課せられている。だが、政府公認となると話は別だ。社会から選ばれたエリートは傲慢で自信過剰な性格の者が多い。
「あんた、鬼と刻印を交わしたな。その鬼について忠告しておきたいことがある」
藤は玖賀の対応に困っていた。忠告と聞いて、聞かずにはいられない。陰陽寮から鬼についてまともな説明を受けていないため、少しでも情報がほしかった。
「僕は陰陽寮に見張られている」
藤はためらった。勝手な行動をすることは許されていない。
「俺様の能力で目くらましができる。どうする?」
獅子色の髪の男の目が赤く変わった。玖賀と同じ目。能力を持ったセンチネルだ。
「今、お前には二人のスーツ男が尾行している。俺様は二人をどうにかすることができる。あとはお前次第」
獅子色の髪の男はニヤリと笑う。藤は迷った。
「どうにかするって言われても、僕は後でヒドい目に遭うだけだろう?」
藤は獅子色の髪の男に背を向けた。これ以上、言葉を聞けば決心が揺らぎそうだった。
「それよりもヒドい目に遭うかもしれないぞ」
藤は足を止める。
「あの鬼は危険だ。そもそもなぜ、心中状態だったのか知っているのか?」
青年は藤の背中に声をかけた。藤が知らないとわかっているようだった。
「……知らない」
藤は適正有りと診断されたあと、すぐに鉄道を使い移動させられた。家族とろくに別れも言えず、帰れずじまい。
「知って損はない情報だぜ。なにせ、政府公認からの情報だ」
パチン、と指を鳴らす青年。
「なぜ、政府からの情報を僕に言う?」
藤は青年を疑っていた。情報をそんな簡単に教えていいものか。
「それはお前のことを本気で心配しているからだ」
藤は振り返る。鬼と陰陽寮の人間関係の中で、心配されたことは一度もなかった。社交辞令とわかっていても、青年の言う言葉はあまりにも魅力的だった。
「さあ、藤くん。どうする? あまり時間がない」
獅子色の髪の男は藤に手を差し出した。藤は迷わず手を取る。
――その瞬間、周りの空間がねじ曲がった。
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