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センチネルの能力
ガタンゴトンと列車が動く音がする。
藤が目を開けると、宍色の髪の男と列車に乗っていた。藤は座席から立ち上がり、辺りを見渡す。ここには藤と宍色の髪の男以外誰も乗車していない。
「座れ。ここは俺様と藤以外誰もいない」
宍色の髪の男は落ち着いた様子で、藤に座るよう促した。
「ここは……」
藤は背もたれに持たれながら座席に戻る。
「ここは俺様の部屋。誰にも聞かれたくないからな」
青年は両手を広げた。部屋と言うよりも車両の中だ。どこに行くのかわからないが、列車は動き続けている。
「これがセンチネルの能力……」
藤は列車の窓を見た。外は太陽の光が差して明るく、野原を走っている。どこか故郷に似ていて懐かしい。
「さて、本題に入ろうか」
獅子色の髪の男の声色が低く変わった。藤は身を引き締める。
「はい、お願いします」
藤は頭を下げた。
「俺様のような人間のセンチネルなら構わんが、鬼の異形は能力が強すぎる」
ふう、と青年は話し出す。
「十分、あなたの能力もすごいと思いますけど……。玖賀は毎日頭を抱えて苦しんでいるだけですし、何の害もありません」
実際のところそうだった。藤は玖賀が能力を使ったところを見たことがない。今、宍色の髪の男が見せた能力が初めてだった。
「それは目覚めたばかりだからだ。今は耳だけ特化しているが、何回も身体を重ねていくうちに五感が解放される。そうなると、お前は制御できなくなり、鬼は暴走するだろう」
藤は息を飲みこんだ。『玖賀の耳がいい』とは一言も男に漏らしていない。
「なんのために、あのもみじ神社で鬼が眠っていたと思う?」
宍色の髪の男に聞かれ、藤は困惑した。理由を聞かされていないし、知ろうともしなかった。
「陰陽師と刻印できず、鬼夜叉となり討伐されたから?」
獅子色の髪の男はフン、と鼻息を鳴らした。
「前の陰陽師が逃げたからだよ」
「え?」
理由を思いつく限り考えたが、何一つ納得できない。逃げる、ということは、よっぽど相性が合わなかったのだろうか。
「鬼の能力に恐れを成して逃げたんだ」
宍色の髪の男は嘘をついているようには見えなかった。
その瞬間、列車が暗くなる。外の景色が野原からトンネルへ変わった。ゴーと空気がこもる音がする。
「おっと、陰陽寮に勘付かれたようだ。あいつらを信用するなよ。都合のいいことしか言わねぇ」
宍色の髪の男の目が赤く光った。また空間がねじ曲がる。ぐにゃりと身体も同じように曲がり、目の前が真っ暗になった。
藤が最後に見た宍色の髪の男は手を振っていた。
***
次に藤が目を開けた時、ハイカラな西洋料理店とカフェの道ばただった。過去に戻ったかと思ったが、寂しい匂いはしない。ただ、激しいめまいに襲われた。
「うっ……」
立っていられず、その場に崩れる。同時に吐き気もした。
藤は手を押さえながら路地裏に向かって這いつくばりながら移動する。人混みに紛れていたスーツ姿の人が走ってきた。陰陽寮の人間だ。
「どうした? センチネルが近くにいるのか」
心配よりも道具のような扱いに藤は悲しくなる。
「いえ、何もありません。めまいがしただけです」
陰陽寮の人間を突き放し、無理して立ち上がった。政府公認と言うのだから、あの男を報告する必要はない。
「陰陽寮で休んでいけ、何かあっては困る」
藤は迷った。この状態だと玖賀が待つ家には帰れない。少しだけ、陰陽寮で休みたかった。だが、陰陽師がいるということはセンチネルもいるということ。藤は能力で心の内側を探られることが嫌いだった。
「平気です、そこのカフェで休んでから帰ります」
藤は陰陽寮達から逃げるように、近くにあったカフェに入る。店内には蓄音機が置かれ、最近はやりのジャズが流れていた。注文を聞きにきた女給に藤はコーヒーを一つ頼んだ。
「ふー」
藤は宍色の髪の男の話を思い出していた。人間でさえ、空間をねじ曲げる能力を持っている。鬼となればどんな能力を持っているのかわからない。
能力を使う時だけ、あいつの目は玖賀と同じ赤色だったな。
鬼の玖賀はいつも赤い目をしている。それは能力を常に解放している状態ではないかと考えた。
「コーヒーをお持ちいたしました」
藤はカップを持ち、一口飲む。
「帰りたくないな……」
玖賀は能力を取り戻すために、藤を抱く。抱かれるために家に帰るのが嫌だった。
***
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