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陰陽師の共感覚
――帰りたくない。
藤は窓の外を見ながら通行人を見ていた。物思いにふけっているうちに日が沈んでいる。頼んだコーヒーはとっくに冷めていた。
窓にポツポツと雨粒が当たり、現実に引き戻される。
「あ、帰らなきゃ……」
別に門限は決まっていない。ただ、帰りが遅いと玖賀はとにかく機嫌が悪くなる。カフェの会計を済ませて外に出れば、雨が強く降ってきた。
「最悪だ……走ればいいか」
最初は小雨だったのが、次第に雨足が強くなる。バチャバチャと水たまりを踏んづけて走る。
「傘を持ちながらだと走りにくいしな……」
藤は傘をさす人たちを見ながら帝都を駆け抜けた。
***
家に帰れば、藤の予想通り玖賀は怒っていた。
不機嫌になった玖賀をなだめる。怒っている理由を聞き出せば、センチネルが現れ召集がかかっていたらしい。召集があれば、陰陽寮の人間が藤の元に知らせにくるのだが来なかった。
――カフェにいる間、なにかあったのだろうか? まさか獅子色の男が……いや、わざわざ能力を使って話をしたんだ。派手な行動はとらないだろう。
藤は召集が来なかったことを玖賀に伝えたが信じてもらえなかった。
「そんなはずはないだろう。お前が任務を放棄したんだ」
玖賀はそれの一点張りで藤の話を聞こうとしない。
「そんなことしないって……人質とられてるのに」
「人質? なんのことだ」
玖賀は鋭い耳をピクリと動かす。細く冷たい目を藤に向けた。
「あ……」
うっかり口を滑らせてしまった。宍色の男のせいだ。能力で見た列車の景色を見たせいで、村に残してきた弟を思い出してしまう。
「ううん、何でもない」
藤は鼻を指でかく。陰陽寮はもちろん玖賀も信用はしていなかった。これ以上、弟の敵を増やしたくはない。
「陰陽師が私という武器を手に入れたのだから、嬉しいのだろう?」
玖賀は藤の顎を持ち上げた。藤は口をつぐむ。
「嬉しくなんてない……僕、僕は……」
藤は口を開きかけてやめた。玖賀の境遇から考えれば、眠っているのを勝手に起こされ、苦しみながら生きている。『陰陽寮に言われたから関係を持った』なんて言えば、関係は悪化するだけだ。
「お前が嫌がると言うならば、私は生き地獄を生きようか」
悲しげに、玖賀は目を伏せる。情緒な行動に藤は動揺した。
「私にはまだまだ力が足りぬ。お前がどこかに行っている間も苦しんでいる」
はぁ、と色付くため息を玖賀はした。
「そうなんだ……知らなかった」
藤は目を伏せた。本当はわかっていたが、知らないふりをしていた。自らの自由を優先したかったからだ。
「陰陽師なのに、共感覚を持っていないのか」
陰陽師には『共感覚』と言って周囲の感情を感じ取ることができる能力がある。そのこともあって、世間から穏やかで従順な性格と思われがちだ。
「そう……かもね……」
藤は目をそらし、言葉を濁した。
「ならば、半人前と言ったところか。それならば、よりいっそう身体を合わせねばならぬな」
玖賀の手が藤の軍服の袖に入って来た。中にシャツを着ているため、直接肌には触れられないが、シャツ越しに胸を弄ってくる。
――やっぱり、そうなるよな……。
藤は半分あきらめ状態で身体を許した。
「身体をよこせ。そうすれば、浅草で女どもと寝てようが許してやる」
玖賀は藤を布団の上に押し倒す。藤の軍服を脱がして肌に触れた。
「なっ…! 別に寝てないよ!!」
藤は押し倒された衝撃に耐えつつ、反論する。女となんか寝ていない。
「浅草に用があるとすれば、それしかないだろう?」
玖賀は笑う。鋭い八重歯が見えた。
***
「あっ……んっ……」
藤は布団を掴みながら喘いでいた。一度身体を許せば、二度目も三度目も一緒だ。
玖賀が藤を抱く時は、仏頂面じゃなくなる。頭痛や耳鳴りがしないからか、表情が豊かだ。
「快楽は良きものだ。何もかも忘れられる。藤もそう思わぬか?」
玖賀は嬉しそうに笑う。藤はぼーっとしながら玖賀を見ていた。人間らしい表情に目を奪われている。玖賀は藤の奥へと挿入した。
「ああっ……!!」
快楽に溺れた身体は藤を混乱させる。前を弄らなくても気持ち良くなれるし、興奮させられる。玖賀は藤の弱いところを把握していた。
「も、もう無理っ……身体がもたない」
藤は涙目になって玖賀に抱き付く。動きを規制させるための行為だが、玖賀は動き続けた。
「待って、お願い、待って……」
藤は懇願した。グチュグチュといやらしい音は止まらない。何度も腰を打ち付けられて、前立腺を超えて深いところまでくる。藤は声にならない喘ぎ声をあげた。怖いぐらいに気持ちが良い。
玖賀は藤の最奥で吐精した。藤も同じく吐精する。ほぼ潮に近い状態の白濁は玖賀の着物を汚した。
「これで藤の共感覚は敏感になるだろう」
藤は薄れていく意識の中、玖賀が素直に自分の気持ちを言えばいいじゃないか、と思う。だが、その言葉は自分にも返ってきた。
――僕も一緒か。
玖賀に全てを打ち明けていない。事情を話すことは、自分の全てをさらけ出すこと。身体を許していても玖賀は信用できなかった。
***
「んっ……」
藤が起きれば、首に違和感があった。首に手をやると、革のような感触がする。
「あいつ、本当にやりやがった……」
藤は怒り、首輪を外そうとするが、鏡が無いのでうまく外せない。カリカリ、と爪で引っ掻くだけ。
横でスヤスヤと寝ている玖賀をにらみつけた。
***
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