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初めての任務
藤につけられた首輪には鎖が繋がれていた。鎖は家の柱にくくりつけられている。鬼である玖賀が用意できるものではないので、陰陽寮が玖賀に渡したのだろう。
ますます生活に制限ができてしまった藤は落ち込んだ。
「ずっと一緒か……しんどいな」
藤はため息をつく。玖賀と一緒にいるということは、身体を重ねなくてはいけない。だが、任務でも入れば解放される。センチネルが現れるのを待つしかない。
――そう簡単にセンチネルが現れてはくれないか。
顔を洗おうと、布団から立ち上がる。シャラリ、と鎖が音を立てた。
「どこへ行く」
鎖が鳴った音で、玖賀が起きた。苦手な朝だと言うのに、活動ができるのは昨夜、藤と身体を合わせたからだろう。
「顔を洗いに行くだけだよ。これじゃあ、厠かわやにも行けないじゃないか」
トントン、と首輪を指で叩く藤。
「そこの水瓶にすればいい」
玖賀は台所近くに置かれた中型の水瓶みずがめを指さした。
「衛生的によくないよ。病気してしまう。玖賀は鬼だからなんともないのだろうけど、僕は人間だ」
藤は「首輪を外してくれ」と要求した。玖賀は嫌だ、嫌だと拒絶する。藤は嫌がる玖賀と別れ際に見た弟と重なった。
――ダメだ、強く言えない。
藤が押し負けそうになった時、スーツ姿の男が家に入ってきた。陰陽寮からの招集だ。
***
黄昏時たそがれどきになり、日が沈む。夜になって藤と玖賀は家を出た。
「玖賀、任務中も外しちゃダメなのか?」
藤は歩きながら玖賀に聞く。鎖の重さで肩が凝りそうだ。シャラシャラ、とうるさく音が鳴っている。
陰陽寮の指令によると、山を越えた里にセンチネルが現れたらしい。藤と玖賀は山道を歩き、その人里に向かっていた。山道とあって人通りは少ないが、たまにすれ違う人達は藤と玖賀を見て目を合わさないようにして通り過ぎる。藤は玖賀を盾にして隠れるが、玖賀の白髪と角はよく目立つ。
「当たり前だ。外したら何のためにつけたのかわからない」
センチネルの奴隷のような見た目に、藤は少しでも玖賀と距離を取ろうとした。玖賀はもちろん距離を取ることを許さない。少しでも玖賀から離れれば、鎖を引っ張り無理やり傍を歩かせた。
「イッてぇ……首痛いんだけど」
藤はだんだん腹が立ってきていた。言葉遣いが荒くなる。
「フン、離れるのが悪い」
「密着しながらだと歩きにくいだろう」
喧嘩しながら歩いていれば、妙な気配を二人は感じた。藤は鼻を覆う。かなりの刺激臭だった。玖賀も聴力で何か嫌な音を拾ったのか、顔をしかめる。
「血の臭い……」
玖賀は藤を護るように前へ出た。藤は玖賀の後ろについていく。草木をかきわけ、進む玖賀。短く整えられていた爪が鋭く伸びていた。敵が近いようだ。
「うっ……」
首輪の鎖が枝に引っかかる。藤は玖賀を睨み付けて怒った。
「玖賀、もういい加減に鎖を外せよ。邪魔だとわかっただろ」
藤が怒った瞬間、キラリ、と何かが光った。藤が光った方へ見ると、鉈なたが藤めがけて飛んで来た。
「うわっ!」
ヒュン、と音がしてもうダメだと目をつぶる。痛みを感じなくておそるおそる目を開ければ、鉈が木に刺さっていた。どうやら玖賀が鎖を操り鉈を弾いたらしい。
「いい陰陽師を連れておるな、わしによこせ」
木の上から声がした。
藤が目を凝らして見ると、雲に隠れていた月が姿を現した。そのお陰で、鉈を投げてきた人物が見える。――少年だ。
甚平じんべえを着て、髪の毛を一結びにしている。顔はまだ幼かった。だが、玖賀と同じ赤い目をしている。見た目は子どもだが、間違いなくセンチネルだった。
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