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曼珠沙華の刻印
「マーキングだ」
玖賀は藤の鎖骨に触れた。藤は鎖骨を触られて身震いをする。
「マーキングって……別に必要ないだろう?」
藤は玖賀から離れた。触られた鎖骨部分に手を当てる。玖賀に心の中を見抜かれたんじゃないか、と不安になった。
「刷り込みを知っているか?」
玖賀が藤を疑うような顔つきで聞く。藤は曼珠沙華の刻印と、どう話が繋がるのかわからなくて首を傾げた。
「刷り込みがどうしたの?」
玖賀に触られた時、藤は心の中で何を考えていたのか思いだせない。冷や汗が止まらなくなる。
「その様子だと知らないな」
玖賀はため息をつく。
「だからさ、何も知らされていないんだって。教えてよ」
藤は誤魔化すために玖賀へ食いかかる。玖賀は驚いたような顔をした。
「ずいぶんと気が変わったのだな」
「別に、普通だろ」
「今まで何も知ろうともしなかったではないか」
藤は『獅子色の髪の男』と『正一』の姿を思い浮かべる。自分の知らないところで何かが起きている。その何かを知りたくなった。
「気が変わったの」
藤は「もういいだろ」と話を促す。
玖賀は聞かれたことが嬉しいのか、ニヤリと笑った。
「刷り込みと言うのは、お互いの匂いを嗅いだりすることで陰陽師とセンチネルの繋がりを作ることだ」
「さっきの正一くんみたいな感じ?」
藤は正一に脱がされフェラされたことを思い出す。思い出したと同時にされたことに対して赤面した。
「あれは半分そうかもしれんな。ただ、藤が少年の匂いを嗅いでいなかったから刷り込みは成功していない」
「そうなのか……わっ!」
玖賀は何かの気配を察知した。藤は木の幹に壁ドンされる。
「玖賀……?」
突然のことに藤は驚く。ドキドキしながら玖賀の顔を見ると、目線が合わない。空を見上げているようだ。目を凝らして見てみれば、闇夜の中にカラスが頭上で羽ばたいている。
「カラス……?」
黒いカラスが飛んでいた。チラチラと白い点のようなものが見える。足に小さく折り畳んだ紙がついていた。
「陰陽寮か」
玖賀は首だけ振り向きながらカラスを睨み付ける。藤は玖賀の肩の隙間から、飛び回るカラスを見ていた。
「陰陽寮? ただのカラスだろう」
「あれは陰陽寮が使う伝書鳩だ」
玖賀は藤から離れ、腕をあげる。カラスはバサバサと羽を羽ばたかせながら、玖賀の腕に止まった。玖賀はカラスの足にくくりつけられた紙を取れば、カラスは羽ばたき空の彼方へと消える。
「手紙?」
「ああ、昔はカラスに喋らせていたのだが時代は変わったのだな」
「カラスが喋るの?! 聞きたかったなぁ〜」
藤は目を輝かせながら、カラスが飛んだ方角を見る。
「フン、あんなもん。うるさいだけで何の意味もない」
玖賀は手紙を読み始める。藤は内容が気になり、手紙を読もうと覗き込んだが紙が小さすぎて字を読むことはできない。
「何て書いてあるの?」
藤が聞いても玖賀は反応しない。よっぽど、玖賀にとって嫌なことがあったのかもしれない。
玖賀が読み終わり、藤に紙を渡した。だが、藤には解読できなかった。文字は全て暗号化されている。藤の知識では読むことができない。象形文字のような絵の文字。単体で見れば、意味は想像できそうだった。
「藤に特別任務がおりたらしい」
藤が一文字ずつ解読しようとしたところで、玖賀が答えを言う。
「特別任務?」
猫のような、犬のような子どもが描いたような文字。それに特別任務という意味があるらしい。
藤はもう一度、紙を見たが首を傾げる。
「あとで文字の意味教えてってなに?!」
「行かないでくれ」
突然、玖賀は藤に抱き付く。藤は肩にのしかかる重みに耐えた。
「重たいんですけど」
だから離れてくれ、と藤は歩き出す。それでも玖賀は離れない。ずるずると玖賀の草履を引きずりながら引き剥がそうとする。
数歩、進んだところで、金木犀の香りがした。
「やぁ、遅いから迎えに来てしまったよ」
「あんたは……!」
藤と玖賀の前に現れたのは『獅子色の髪をした男』先日、浅草で会い、政府公認のセンチネルと名乗った青年だった。
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