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刹那の契約①
初めて出会った時と同じくスーツを着た青年。宍色の髪が特徴的だ。能力を使う時の赤色の瞳が印象的だが、今は黒目。
藤は初対面ではないことを言わないでくれ、と願っていた。玖賀に知られたら面倒なことは百も承知だ。
「久しぶりだな、藤くん」
その一言で、玖賀の殺気を感じる。藤は背後から重くのしかかる殺気に耐えていた。玖賀が小さく低い声で「誰だ」と聞いてくる。
「政府公認センチネルだって」
青年の名前は知らない。一方的に玖賀には気を付けろ、と忠告されただけだ。前の陰陽師が逃げたとか、身体を重ねていくうちに五感が解放され手に負えなくなるとか。玖賀本人に直接聞かない限り事実とは言えない。
「政府公認か……」
センチネルにも派閥がある。玖賀のように陰陽寮に属するセンチネルがいれば、正一のような野良センチネルもいる。政府公認はエリートコースのセンチネルだ。
藤は後ろから強く抱き締められた。玖賀は宍髪の男を警戒している。
「俺様の名前は獅堂つばさだ」
獅堂は玖賀に物怖じせずに、藤のところまで近づいてくる。コツコツ、と革靴を鳴らして優雅に藤の前に立った。
「鬼よ、藤くんを借りるぞ」
獅堂は玖賀を見下す目線で藤の前に立つ。
「断る」
玖賀は歯を見せて威嚇した。
「任務なんだろ、玖賀。断ってどうする」
藤は玖賀に離れるように言うが、未だに離れようとしない。
「土地センチネルは活動範囲に限界があるだろう。現に、雑魚のセンチネルを逃がしてるではないか。俺様は鬼の尻拭いに来たのだぞ」
藤は獅堂の上から目線にハラハラした。玖賀は怒り狂うのではないのかと。
「少年を逃がしてしまったのは事実だ」
玖賀の言葉を聞いて、藤は玖賀かわいそうに感じた。去り際に正一が藤の脳内へテレパシーを送った言葉を思い出す。
「正一くんは、獅堂に会ったって言ってたよ。鬼と一緒にいる陰陽師を襲えって」
藤は帯刀している刀に手をかけた。使ったことはないが、なにもしないよりかはマシだ。玖賀もそれを聞いて、抱き付くのをやめて藤の前に立つ。
「試験だよ、試験」
獅堂はカッ、カッ、カッと笑った。
「試験だと?」
藤はセンチネルとはいえ、正一という少年を利用したことが許せなかった。
「ああ、その鬼が使えるかどうか」
獅堂は悪気がない様子で腕を組む。藤は初対面から好きになれないと思った。
「まぁ結果は使えないな。見た目だ……」
獅堂は黙り込んだ。玖賀の目が赤く光っている。獅堂に対してなんらかの能力を使っていた。
「あの少年には仲間がいた。それを突き止めるために逃がしただけだ。私は無能ではない」
玖賀は低く唸る声で言った。藤は正一との会話が聞かれていたことに驚く。獅堂は跪いた。藤は何が起こっているのかわからない。
「こ、これが鬼のセンチネル……」
獅堂は恐ろしいものを見たかのような顔をしている。先ほどまでの威勢はなくなり、ガクガクと震えていた。
「お前の言葉通り、藤を貸してやろう。だが、忘れるなよ。私の方が上だ」
何が起こったのかわからないが、獅堂と玖賀が戦ったらしい。それで玖賀が勝利した。藤は獅堂を懲らしめてやりたいと思っていたので、気持ちがスッキリした。
「藤も私と繋がっていることを忘れるな」
玖賀は藤の鎖骨を押す。戦闘後のため、玖賀の爪が鋭く伸びていた。爪先が当たり、少しだけ痛みが走る。いつもなら不機嫌なのだが、今は機嫌がいいように感じた。
「わかってるよ……玖賀は僕がいなくても大丈夫か?」
藤は自分がいないことで、玖賀が頭痛に悩まされることを心配していた。戦闘後もあり、かなり身体は不安定なはず。抱き付いてはいたものの、それぐらいじゃ回復しない。
「平気だ」
玖賀はフン、と鼻を鳴らすが、藤は弱っているイメージが強く信じられない。
「本当に?」
「ああ、ただ帰ってこなかったら許さない」
玖賀の目が一瞬光った。藤の鎖骨付近にある曼珠沙華の刻印が熱くなる。玖賀の背中にある曼珠沙華の刻印も熱くなっているのだろうか。
「少年はかなり遠くまで行っている。列車に乗っていかねば追いつけないだろう。予想していたより、かなり力を回復したようだ」
玖賀は藤をチラリと見る。
「あれは不可抗力だって……子ども相手に暴力振るうわけにはいかないだろ」
藤は正一にフェラをされたことを思い出す。思い出すだけでも恥ずかしい。子ども相手に興奮するなんて……。
「藤」
「ん?」
藤は玖賀にキスをされた。長くなるかと思ったが、短かった。舌と舌が一瞬だけ触れ合い、離れる。銀糸が垂れ、地面に落ちた。
「ケガをさせたら許さないからな」
玖賀は獅堂に念押しをする。獅堂は玖賀と目を合わせようとしない。
藤は玖賀が見えなくなったタイミングで何をされたのか聞こうと思った。
「……では行くぞ」
獅堂は覇気の無い声で能力を使った。目の色が赤く変わり、周りの景色がぐにゃりと歪む。
藤は獅堂の能力で列車に乗っていた。
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