新しい務め

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 ——それは、どんな仕事?  布切れで黒い石板をぬぐっては新しい文字を書く。子どもの時から繰り返してきたことだからすっかり手慣れて、セスはおそらくこの集落では一番文字を書くのが速いはずだ。指先は石灰で白く汚れかさかさに乾いていつも痛々しくひび割れているが、そんなことは気にしない。自分の意志を他人に伝えることができる喜びに比べれば指の痛みなどささいなことだ。  汚れた手で石灰石を握りしめセスは兄の答えを待つ。セスが喜ぶような仕事であるならば言いよどむ必要はないのに、スイは少しためらってから口を開いた。 「この間の狩りで見つけたあの男が〈神の使い〉と認定されたんだ。だから、身の回りの世話をする人間が必要だ。これから一年のあいだ、彼を丁寧に扱って我々が山の神をどれだけ大切に思っているかを理解してもらわなければならない。その結果に、先五年間の集落の安寧がかかっている」  それを聞いて、セスの心臓は飛び跳ねる。  褐色の肌の男。月明かりの中で涙を流していた男。あの晩からずっとどうなったのか気になっていたが、居場所も教えてもらえないままでいた。あの彼が本当に山の神の使いで、その世話役としてセスが選ばれたというのだ。 「使いの世話は下手な人間に任せることはできない。妙なことをすれば後で神の怒りとなって集落に降りかかってくるんだから責任は重大だ。だから代々使いの世話は長の家系で担当していて、おまえは未成年だったから黙っていたが……五年前に、前回の〈神の使い〉の世話役を務めたのは俺だ」  そう言われて、セスは前回の祭りの前のことを思い出してみる。はっきりと意識していたわけではないが、あの時期スイは頻繁にどこかへ消えて、行き先を訊ねても決して教えてはくれなかった。あれは〈神の使い〉の世話に出かけていたというのだろうか。そして、スイがやったのと同じ名誉ある仕事を、セスも任せてもらえるというのだろうか。  ——世話って、何をすれば?  セスの表情がたちまちに明るくなったのを見て、兄はほっとしたようだった。
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