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たったひとつの方法
「火の粉、とはなんだ?」
アイクは答えを求めて険しい顔をしたスイを見つめるが、返事はない。「火の粉」を取りに行ってくれないかと頼んできた張本人であるこの男ですら、それが何なのかを知らないのだ。
早朝、呼び出しに応じてクシュナンの小屋を訪れた。クシュナンは足枷を外された姿で床にあぐらをかいていて、その隣には集落から姿を消したはずのセスが寄り添っている。そして少し距離を置いて苦虫をかみつぶしたような顔のスイが座っていた。
奇妙な眺めにあっけにとられているアイクとリュシカにスイは、かつてクシュナンが断崖に置き去りにしてきた「火の粉」を取りに行って欲しいという頼みを切り出した。
誰も答えを知らないのを確認し、クシュナンが口を開いた。
「『火の粉』とは、南で採れる数種類の岩石の粉を混ぜたものだ。一見ただの黒い砂のように見えるが、衝撃を与えると大きな音とともに火を放つ。このあたりでは見たことない人間も多いだろう」
すると、アイクに寄り添うように座っていたリュシカがぱっと顔を明るくして身を乗り出した。
「僕、それ見たことあるかもしれない。何年か前に南の国の見世物芸人が王宮に来て……っ……」
アイクが軽く脇腹をつねるとリュシカは慌てて口をつぐんだ。ここにいる三人は確かに比較的信用の置ける相手だが、だからといってリュシカが王都から逃げ出した〈少年王〉であることを知られていいわけではない。
「ともかく、そいつがあればこの状況がどうにかなると言うのか?」
「うまくいくかはわからない。ただ、祭りをうまくやり過ごすために何かに賭けてみるならば、あれを使うしかない」
クシュナン自身も彼の頭の中にある作戦に完全な自信を持っているわけではないようだ。
当たり前だ、話を聞く限り彼らは完全に追い込まれている。クシュナンを死なせるか、祭りを台無しにして長の一家が責任を追及されるかのどちらかしかない。ゆがんだ信仰とその生け贄、両方を守ることなどできないことをアイクはよく知っている。そしてもちろんアイクは哀れな王都の人々ではなくリュシカを選んだ。
だが、セスは選べない。そしてセスの苦しい思いを知るスイも、クシュナンも同様に選べない。選べないから——どうにかしてその両方を守る方法を探そうとしているのだ。
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