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「私が行けば目立つし、こいつらを今動かすわけにはいかない。だから、本当に迷惑と面倒をかけっぱなしで申し訳ないとは思っているが、なんとか君たちに頼めないかと」
「いいよ。って、痛っ。アイク、さっきから何だよ……」
アイクは再びリュシカの小脇をつねった。リュシカの優しい性格はわかっているが、そんなに簡単に返事をしていいような頼みだとは思えない。
「安請け合いするな。火を放つ粉なんて聞いただけで危ない気がするが、素人が簡単に触れるようなものなのか? しかもさっきの話だと、断崖に置き去りにしているって話じゃないか。そこは危険はないのか?」
その「火の粉」はクシュナンが南から持ってきたものだ。地崩れで失った家族を探すのに危険なので岩陰に隠したが、そのまま集落の人々に捕まったので置き去りになった。一年ものあいだ誰にも持ち去られないまま残っているはわからない。しかも油紙や革で厳重に包んではあるが、ひどく濡れて使えなくなっている可能性もあるのだという。
「地元の人間も立ち入らないほど危険な、人死にの出たような断崖なんだな。しかも、そんな危険を冒して取ってきたところで、使い物になるかはわからないと」
「一年前に大きな崩落が起きているならば、経験上数年は何もないはずだ。だが、絶対に安全だとは言い切れない」
スイの言葉は歯切れが悪い。
アイクが行くと言えば、きっとどんなに止めたところでリュシカもついてくる。つまり、この頼みを受けるということはリュシカの身を危険にさらすことに他ならない。
誰一人、それ以上アイクに「火の粉」を取りに行くことを強要できない空気になる。場の雰囲気がひどく重苦しくなり、隣のリュシカも困ったように視線を泳がせる。やがて沈黙に耐えかねたのか、それまでじっと床を見つめていたセスが自らの胸を指で指した。
「駄目だ」
いくつもの声が合わさる——その中にはアイク自身の声すら混ざっていた。
セスが責任を感じているのはわかる。だが、もしも集落から消えたはずの彼がひとりで山をさまよっているのをカイたちが見つけてしまったら。セスを守ることができないのなら、そもそもこの作戦自体に意味がなくなってしまう。
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