たったひとつの方法

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 山の奥、深い藪を抜けると話に聞いていた断崖に出た。確かに端の方にひどく崩れた跡があるが、見たところ今すぐにこれ以上崩落する危険はなさそうだった。とはいえ気は抜けないので二人は地盤に影響を与えないようそっとそっと歩を進めた。  クシュナンの記憶は正確だった。彼の話よりは草が生い茂っていたが、岩陰の隙間を探れば動物の革でできた袋が押し込まれている。何度か降った雨で袋の外側は汚れ、へたっているが、幾重にも重ねられた内側の袋にダメージはないように見える。 「そっと、そっとだよ。衝撃を与えると危ないって言ってた」 「ああ」  息を止めながら袋を取り出し持ってきた布に大事に包んで背負い袋に入れる。あとはこれを爆発させないよう無事持ち帰るだけだ。だが、そこでアイクは袋の中に小さな花束を入れてきたことを思い出した。 「——いや、もうひとつあったな」  それは、出かけようとするアイクとリュシカの後を追いかけセスが手渡してきたものだった。彼が何を言いたいのかはわかった。セスは、どうかクシュナンの大切な家族にこれを手向けて欲しいと花を摘んできたのだ。  投げた花束は、ゆっくりと崖の下に消えていく。  アイクには家族の情はわからない。自らの親には愛されずに育ったし、結婚にも子どもにも縁はない。少し前の自分だったらきっと、妻子を亡くして傷ついたクシュナンの気持ちを想像することはできなかった。スイとセスがああまでして互いを思う気持ちも理解できなかった。  だが、今の自分にはリュシカがいる。だから、誰かが他の誰かを思う気持ちやその尊さも、少しくらいは想像ができる。  帰り道、妙に機嫌良さそうなリュシカが言う。 「アイク、あんなこと言って、本当は最初からこの頼みを断るつもりなんてなかったんだろう。君は優しい。僕を救ってくれたように、セスやクシュナンを助けずにはいられないんだ」  アイクは即座に首を左右に振る。 「買いかぶるな。俺はリュシカ、おまえと二人だけの国に生きている、おまえだけの忠実な臣下でおまえを守る獣だ。俺がもしもあいつらを助けたがっているのだとすれば、それはおまえが望んでいるからだよ。それ以上でも以下でもない」  だが、ふふ、と声に出してリュシカはまた意味ありげに笑った。 「君は、多分まだ自分のことをよくわかっていないんだと思うよ。それに僕はそういう君のことは嫌じゃないから。君の好きなものが増えれば、それは僕の宝物にもなる。……もちろんいつだって僕のことを一番に好きでいて欲しいとは思うけど」  突然腕に抱きつかれ、アイクはよろめきそうになり慌てる。今、この状態で転んだら背中の「火の粉」がどうなるかわからない。 「危ないだろう、抱きつくなら後にしてくれ」  ——でも、確かにアイク自身も、あの不器用な兄弟や〈神の使い〉のことは嫌いではない。  戻ってきた二人から受け取った袋の中身を確かめたクシュナンは、満足げに目を細めた。どうやら中まで水分は染みておらず、十分「火の粉」は使用に耐えうるようだ。そして、職人の目になったクシュナンは、これから三日間小屋に立ち入らないようにと告げた。すでにその間をしのぐための水と食料はスイが運び込んでいるのだという。  クシュナンは一体何をしようとしているのか、アイクにもリュシカにも、おそらくセスにすらわからない。だが、今は彼を信じる以外にはなかった。
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