神を屠る庭

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 人々の表情が、驚きから〈神の使い〉直々の言葉で献身や信仰を認められたことへの喜びへと変化する。 「山の神はこれ以上そなたたちに負担を強いることを望んでおらぬ。だから我を最後に〈神の使い〉はもうここには来ない」  今後〈神の使い〉はやって来ない——その言葉に一瞬どよめくが、クシュナンは朗々と続けた。 「だが、覚えておけ。そなたたちには素晴らしき指導者がいる。(おさ)、そしてその後継者を中心にひとつであれ。多少の苦難や厄災に見舞われたとしても、それはそなたらの団結を確かめるための試し。決していがみ合うことなく生きよ」  これが、クシュナンの考えた「たったひとつの方法」だった。  山の神の代弁者として、人々のこれまでの忠誠をねぎらった上ですべてを終わらせること。もちろんその言葉を信じさせるには、見合った仕掛けが必要だ。そこでしゃべっているのがただの人間の男などではなく本物の〈神の使い〉であると信じさせるだけの大きなインパクトがある仕掛けが。そして——おそらく「火の粉」の仕掛けは、目的を果たすに十分なものだった。  最後に〈神の使い〉は一言だけ付け加えるのを忘れなかった。これが彼にとってはおそらく、何より大切な言葉。 「……では、最後の貢ぎ物として、この一年間、心を尽くして我の身の回りを整えてくれた男を下男としてもらっていく。山の神も満足するだろう」  やがて魔法のように色とりどりの火が消えていき、大きな風が広場に残った煙を流してしまったときには祭壇には誰の姿もなかった。セスも、クシュナンも、幻のように消えていた。  人々は目の前で起きた驚くべき奇跡を前に、ひとりふたりと誰もいない祭壇に向けてひれ伏しはじめる。声もなく感動に打ち震え、ただ地面に頭をつける。そして、自分以外の全員がひれ伏す様子にあらがえなくなったのか、最後まで残っていたカイもとうとうあきらめたように頭を垂れた。
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