新しい務め

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 セスは緊張の中一歩一歩進み、入り口にある小さな台に一度食事の盆を置いてから扉を何度か拳で叩いた。本当ならば声をかけるところなのだろうが、セスは声が出せない。「入って良いか」と訊ねたつもりだったがまるで反応がないので、しばらく迷ってから扉を開いた。  そこは——座敷牢のような部屋だった。  こぎれいではあるが小さく味気ない部屋の隅に、力なく目を閉じて褐色の男が座っていた。あの日着ていた汚れた服を身につけたまま裸足の足首には頑丈な足輪がつけられ、鎖の先は部屋の隅にある鉄柱にしっかりと繋がれて一定以上の距離は動けないようにされている。  ——そんな。  もしセスに声が出せたならば、そう叫んだだろう。「〈神の使い〉をもてなす」というのは、こんな座敷牢のような場所に足枷(あしかせ)をつけて閉じこめるということなのだろうか。それが本当に信仰の証といえるのだろうか。それともこれは、何かの間違いなのだろうか。  驚いて立ちすくむセスに気づいたのか、褐色の男が目を開きぎろりと睨みつけた。あの日涙で潤んでいた瞳とは別人のような鋭い眼差しにセスは恐怖で震えそうになる。  怒っている。〈神の使い〉はこんなひどいもてなしをされて、きっとひどく怒っている。 「……おまえも、神だなんだとわけのわからないことを言いに来たのか?」  低い声で男は言った。セスはどう答えたらいいのかわからず、とりあえず持ってきた盆を男の目の前に置いた。恐怖のあまりがたがたと震える手で杯に酒を注ぐ。男はそこでセスの顔を見て、それが月明かりの下最初に自分を見つけた人間だということをようやく思い出したようだった。 「ああ、おまえ、あのときの口がきけない奴か。くそ、理由を問い詰めようとしたところで話せない奴をよこすことにしたってわけか」  セスは、口がきけない自分が世話役になったことに対して男が失望しているのだと知り内心では深く傷ついた。結局神の使いも、他の集落の人々と同様に話せない人間のことを蔑んでいるのだろうか。  ——あなたは、〈神の使い〉ではないのですか? あなたの立場について、どんな説明を受けたのですか。  それでも期待が捨てられないセスは首から石板をおろし、慌ててそう文字を書いて示した。男は何か誤解をしているのかもしれない。ちゃんと説明すればきっとわかってもらえる。しかし、男はちらりと石板に目をやっただけで、投げやりな様子で「何だよ、それ。わかんねえよ」と吐き捨てて脇に押しやった。 〈神の使い〉ともあろう者が、まさか字を読むことができないとは思ってもみなかった。セスはひどく落胆した。
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