明るい月の夜に

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 セスは自分の頬が熱くなるのを感じる。そう、確かにクシュナンはセスを連れて去ると、人々の前で堂々と言い切ったのだ。  当初その発想について口にしたとき、兄は渋い顔をした。だが、スイももはやこの集落にセスが居続けることが難しいことは理解していた。もしかしたら方法はあったのかもしれない。でも自分たちはそれを見つけることができないまま引き返せない場所まで来てしまった。 「家族の元を去るのは寂しいか?」  クシュナンの問いかけにセスはゆるゆると首を振る。もちろん、まったく寂しくないと言えば嘘になる。でも、セスにはクシュナンがいる。そして、家族を失いひとりきりになったクシュナンが本当にセスを求め必要としてくれているのであれば——これまで誰の役にも立てなかった自分の居場所は彼の隣以外にはないのだと心から思うのだ。  やがて遠くから、足音が聞こえてくる。ひとつではなく、ふたつ。ひとつは大柄で少し重々しい足音、もうひとつは小柄で軽やかな足音。耳の良いセスにはそれが誰だかわかっている。 「良かった、無事だったんだね」  はしゃいだようなリュシカの声が大きすぎると思ったのかアイクがその口をふさぎにかかる。何もかもが終わったら滝壺で落ち合おうと約束をしていたが、彼らもまた誰からも邪魔されずここまでたどり着いたのだ。  セスとクシュナンは慌てて立ち上がった。理不尽なかたちで今回の騒動に巻き込んでしまったにも関わらず危険な頼みも引き受け、様々な場面で助けてくれたアイクとリュシカには返しきれないほどの恩がある。固く手を握って感謝の意を伝える。 「おまえたちのいなくなった後、誰もいない祭壇に向けて皆がひれ伏していた。もちろんカイもだ。あの眺め、見せてやりたかったよ」  めずらしくアイクまでも笑顔を浮かべて軽口を叩く。彼らだって、セスのとばっちりであるとはいえカイには嫌な目にあわされているから、その光景はよっぽど痛快だったのかもしれない。何はともあれ人々がクシュナンの言葉を本物の〈神の使い〉のものだと信じたなら、あの言葉に従ってくれるのならば祭りは成功だ。クシュナンは死なずにすんだし、(おさ)の一家への人々の信頼が揺らぐこともない。
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