いましめと傷

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 翌日、相変わらず男は食事を摂ろうとしない。黙って座っている男の前でセスもじっと数時間待つ。それは一日二度、規則正しく繰り返される恒例行事のようになっていた。そんな中、手持ちぶさたに視線をさまよわせていたセスはふと男の足首が赤く()けていることに気づく。  彼の足首には部屋から出られないよう金属の足輪がつけられているから、こすれた場所が傷になったのだろう。痛々しく血のにじむ傷を目の当たりにしてセスは愕然とした。こんなになるまで気づかなかったなんて、世話役としては失格だ。体が汚れているせいもあるのか、傷は少し()みかかっているようにも見えた。  きれいにして、治療をしなければ。そんな思いに駆られてそっと手を伸ばすと、セスの動く気配を敏感に察した男は素早く逃げを打つ。その拍子に皮膚の剥けた箇所が足輪に触れて痛みが走ったのか、男は小さなうめき声を上げて顔をしかめた。  ……どうしよう。  セスは焦った。触れようとすれば拒むし、投げやりな態度を見る限り自身で傷をどうにかしようという気はさらさらなさそうだ。一体どうすれば彼の傷を治療することが許されるのだろう。  思いついたのはまるで賭けのような方法だった。褐色の男の足を縛める足輪は太くはないがしっかりした鎖につながっていて、その鎖の先は部屋の隅に食いこんだ鉄の柱に丈夫な南京錠で留められていた。——そして、その南京錠の鍵は絶対に使わないという約束でセスに預けられている。  これを使うことは、集落を、兄を裏切ることになるだろうか。しかし、神の使いを正しくもてなすことが何より重要であるならば、薄汚れて傷ついた男をこのままにしておくことはできない。セスは思い切って鉄柱に歩み寄ると南京錠を外した。
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