手の鳴る方へ

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 仲間たちが去ってしまうと、取り残されたセスの耳に再び手の鳴る音が聞こえてくる。ひとつ、ふたつ……。  誰だろう、どこかではぐれた集落の仲間が呼んでいるのだろうか。それともごくまれにこの森に迷い込む旅人が助けを求めているのだろうか。どうせいまさら追いかけたところで狩りをする仲間に追いつけるはずもない。セスは心惹かれるままに手の鳴る音がする方向を確かめに行くことに決めた。  大木の枝をくぐり、藪を抜け、その先には集落の人間はほとんど近寄らない断崖がある。地面が崩れやすい上にしばしば山の上の方から落石もある危険な場所で、過去には獲物を深追いして迷いこんだ仲間が崖から落ちて死んだこともあるらしい。セス自身も幼い頃から「決して近づくな」と言われて育ったので、一度もその周囲へ足を踏み入れたことはない。  果たして禁を破ってまで確かめに行く必要があるだろうか。少し躊躇(ちゅうちょ)したものの結局は興味が勝った。一歩進む度に鼓動が激しくなるのは、恐怖と緊張はもちろん冒険の高揚心も影響しているのだろう。  藪を抜けると、草木のない場所に出た。  絶壁と断崖に囲まれた決して広いとは言えない場所には見たことのない男が立っている。セスの集落の人々とはまったく似ていない、褐色の肌に肩まで伸びたぼさぼさの黒い髪。背中や腕、脚にはたくましく鍛えられた筋肉が盛り上がり月の光に輝いている。  旅人だろうか——、そこまで思いを巡らせたところでセスは奇妙なことに気づいた。  男は、泣いていた。  誰もいない場所にたたずみ、呆然と涙を流していた。  セスは大人の男が泣くところをはじめて見た。集落では男には勇敢で強くあることが求められている。小さな子どもの頃からとにかく男は泣かないようにとしつけられ、涙を流すのは女だけだと決まっている。なのに、今目の前では自分よりはるかに強そうな大人の男が泣いているのだ……驚きのあまりセスは立ちすくんだ。
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