神の使い

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「カイが見つけたんじゃなかったのか?」  兄はすでに捕らえられた男のことは知っていたらしい。むしろ最初にその男を見つけたのがセスだと知り、驚いたような反応を見せた。  仲間たちが集まってきて褐色の男が拘束されたときからカイがセスのことを無視して「自分が一番にこいつを見つけた」という態度を取っていることには気づいていた。褐色の男を捕らえることが一体何の名誉になるのかはわからないし、手柄が欲しいわけでもないのでセスは何も言わなかった。  こんなことをきっかけにカイを敵に回して良いことなどない。セスは慌てて言葉を濁す。  ——ああ、捕まえたのはカイだ。それはどうでもいいんだけど、一体よそ者なんか連れてきて、どうするつもりなんだろう。  焦ったせいかやけに喉が渇いてしまい、壺に手を伸ばして酒を盃に注ぐ。兄は珍しく自分から酒を煽るセスを不思議そうに眺めてから疑問に答えた。 「そうか。前の祭りのときはおまえは子どもだったから、まだ神の使いを見たことはなかったな。驚くのも仕方ない……」  そして、この集落で五年に一度開催される山の神のための祭りについてぽつぽつと話した。  遠い昔からこの山は何度も地割れや地震に襲われ、その度に集落は大きな被害を被ってきた。あるとき、厄災は山の神の怒りなのだというお告げを聞いた者がいた。集落の人間の山の神への尊敬や感謝が足りないから、怒った神が罰を与えているのだと。 「そして、俺たちの先祖は知ったんだ。五年に一度、神はこの山に使者を遣わして、俺たちの神への献身を試しているのだということを」  使者は人間によく似た姿をしているから、よっぽどの信仰心と神への敬意がなければ、それが使者だと気づくことはない。だからこの集落の人間は見知らぬ人間を見つけるとそれが〈神の使い〉ではないか注意深く観察する。  使者を見つけると集落に連れてきて、山の神への献身を示すために一年間にわたって手厚くもてなす。働かせず、体はきれいに保ち、狩りの獲物の一番いい部分の肉と、その年もっとも良くできた酒を献上する。そして一年後——。 「山の神のために盛大な祭りを行い、その最後に使者を『神の元へ返す』。一年間の長い儀式を完全に執り行うことができれば、集落は次の五年も平穏でいられる」  そして、カイは今夜あの褐色の男を〈神の使い〉と見なしたのだ。
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