かつて「私だった」者へ

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 そいつは誰にも言えずに苦しんでいたらしい。  ボクとは真反対に『女』の心が、カミングアウトする勇気にブレーキを掛けていたのかも知れない。  だが、半年ほど前のある日。  親戚の法事に出かけた折に、そこの住職に呼び止められたそうだ。 「そなた、中身と外見が合っておらんが自覚はあるのか?」って。  それを聞いて、号泣したと言っていた。  分かってくれる人がいるとは思っていなかったと。 「その住職さんは昔、修験道場で厳しい修行を積まれた方で……祈祷の力がとても強いことで有名な人なの」 空海や最澄を祖とする日本仏教は、そのほとんどが『密教』である。 『密教』は本来『秘密の教え』を意味する言葉だ。初期仏教の目的である精神的救済ではなく、現世利益を求めた当時の医学、土木工学などの最新技術を伝える『教え』なのだ。 そして。 そうした中には、まさしく『秘法』もあった。現代科学など、到底及ばない『祈祷』の神通力……。 「その時、その方が言われたの。『もしも真反対の人間が居て、その者が望むのなら』って」  そいつは、ボクと喋る時だけは『女言葉』だった。  普段は男っぽい喋り方をしなくてはと思うあまり、どうしても無口になると言っていた。 「『もしも、その者と合意出来るならば "入れ替え"てやれる』と。中身を入れ替えれば、私も女の子として生きられるって……」  それを聞いて、真っ先にボクの顔が頭に浮かんだという。  だろうな、何しろ『有名人』だから。  けど、それは相手の合意があればこそだ。誰でも良いというワケでもあるまい。  というか、そんな真似がホントに出来るんだろうか。とても信じられないが。けど、そいつの顔は真剣そのものだった。  彼……いや、彼女なのか?は半年間、散々に悩んだ挙げ句に意を決して、ボクに話を持ちかける事にしたそうだ。『ダメで元々だろう』って。 男として『生まれ変われる』かも知れない。  その提案に、ボクはそこから1年近くを悩むことになった。  
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