かつて「私だった」者へ

2/6
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 それは、本当に偶然だった。  『自分の真逆』が居るだなんて。  2年生になったある日の夕方、学校帰りにボクは背後から声を掛けられた。 「あの……ちょっといい? 『2組の有名な人』ですよね?」  振り返ると、そこにいたのは上背があって整った顔立ちの男子だった。  怯えるような目で、おずおずとボクを見つめる。苦しそうな、救いを求めるような、不安で堪らないのを隠せていない。   「有名?……まぁ、多分そうだと思うけど」  おそらく、影では色々言われているんだろうなぁと思う。仕方ないけどね。とりあえず、自分の耳にさえ聴こえないなら構わない。聴こえてきたらブッ飛ばしてやろうと思うけど。  「実は、相談がある……んだ」  そう語る彼は、小刻みに身体が震えていたと思う。 「……相談?」  見ず知らずの人間から言われて、何か良い話があるとは思えないが。 「あな…君は強い人だよね。自分から『心が男だから男の振る舞いをする』って言えるんだから。私は……怖くてそれが言えなかった……」  気のせいか、眼が潤んでいるように見える。 「え……それって、あれか? もしかしてお前はボクの『逆』だってのか?」  ボクは半身だった身体をそいつの方に向き直った。 「うん……怖くて……人には言えないけど」 だけど。  いや、ボクは強い訳じゃない。ボクのは『強がってる』だけだ。そうしないと、心が押し潰されそうになるから。 不安のない日、苦しくない日なんてただの一日だってありゃしない。 心と一致しない、『女として成長する』この身体がひたすらに恨めしい。  そこは小さな川の、橋の上。  夕焼けのせいなのか、頬が真っ赤に染まっている。  それが、そいつとの出会いだった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!