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彼女を見つけてからというもの、私はわざとあの路地を通るようになった。彼女は窓際にいる時もあれば、少しも気配を感じさせない時もあった。いささか遠回りではあるものの、私の通う学校との方角は同じであったし、なにより彼女は愛らしく、彼女の姿を見られることは私の日々のささやかな楽しみになっていた。
「おはよう。いい天気だね」
こうして私は時たま彼女に声をかけた。
「本当に。今日はとっても良いお天気ですね」
彼女の声はとても小さく、私は聞き逃すことがないようにいつも細心の注意を払っていた。
「絶好の洗濯日和だから、ここぞとばかりに溜めていた服のやつらを一気に洗濯してやってね。もう今日は十分に有意義な時間をすごしたから、あとは酒でも飲もうかと思ってね」
私が酒屋の方を示しながら軽口を叩くと彼女はくすくすと笑った。
「こんなに天気がいいんだ、君はどこかに出かけたりしないのかい?」
なんとはなしに、私は彼女にそう聞いた。
「私は家から出ちゃいけないって言われてますから」
「なぜだい?お母さんにかい?それともヨネさんに?」
そういえば最近ヨネさんの姿を見ていない。近頃はあちこち体の調子が悪くてねぇ、と、ぼやいていたのを思い出した。
「出たい気持ちはあるんです、でも、私の体は外に出ちゃいけないんですって」
そう言って彼女はさみしそうに笑った。煩いくらいの日差しの下で私は彼女に何も言えずにいた。透けるように白い肌も、突然こんな田舎町に越してきたわけも、いつも四角越しにしか会えない理由も、その時私はなんとなく理解した。だけどそれ以上のことは聞けなかった。いつまでここにいられるのか、なんて聞くのが怖かったのだ。じわじわと汗が流れるのを感じていた。
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