彼女は今日

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 それからしばらく彼女に会えない日が続いた。体調でも悪いのだろうか、いつ来てもカーテンは城門のように閉ざされていて、そこに彼女の姿を見ることはなかった。主を失ったびいどろの風鈴も固くその口を閉ざしていた。  雨の日だった。空が泣きだしたように大きな雨粒が屋根を打ち付けるそんな日だった。私は一人傘を差しながら学校へと向かっていた。彼女がいようがいまいがあの路地を通るのが私の習慣になっていた。シャッターの下りた駄菓子屋の前を通り過ぎようとした時、私はあることに気付き、はたと立ち止まった。シャッターに張り紙がしてあったからだ。ヨネさんは「お小遣いを握りしめて楽しみに来る子がいるかもしれないだろう」と風の日だろうが雪の日だろうが店を開けていた。休業のお知らせだろうか、なにもこんな日に営業しなくたって別に罰が当たりはしないのに律儀な人だ。そう思いながら張り紙に目を通した私は、そこに書かれている文字の意味を理解するために時間を要することになる。  閉店のお知らせ  長年ご支援くださいまして、誠にありがとうございます。  当店は、健康上の理由により六月十日をもちまして、閉店することにいたしました。  皆様より格別のお引き立てを賜りましたこと、厚くお礼申し上げます。  今日は何月何日だっただろうか?少なくとも六月でないことだけは確かだった。今言えることは、今日よりもずっと前から駄菓子屋のシャッターは下りたままだったということ。一体いつから駄菓子屋のシャッターは下りていたのだろう。私はいつからヨネさんの姿を見ていなかったのだろう。どうして今までそのことに気が付かなかったのだろう。  
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